エゼキエル書,御言葉

わたしはモアブの上にさばきを行う。そのとき、彼らはわたしが主であることを知る。 (エゼキエル25:11) ------------------ 駅で新幹線を待っていた時のことです。 10分前、5分前になっても、ホームに人はまばらです。 それに対して、向かい側のホームでは自由席車両が止まる場所に長蛇の列ができています。 「あの人たち大変だなあ。座れるかなあ…」 ...

エゼキエル書,御言葉

この事が成る時、あなたがたはわたしが主なる神であることを知るようになる (エゼキエル24:24) ------------------ 1964年(昭和39年)の東京オリンピックの開会式は10月10日に定められていました。 気象庁の過去のデータから割り出すと、最も晴天となる確率が高い「特異日」とも言える日だったからです。 果たして10月10日は快晴となり、N ...

エゼキエル書,御言葉

彼らはわたしのものとなって (エゼキエル23:4) ------------------ マザー・テレサは、「愛」の反対語は「憎しみ」ではなく、「無関係」だと言いました。 憎しみはむしろ愛の裏返しである場合があります。 なるほど、ラブソングの歌詞の中に、相手を「憎い人」と表現する歌詞は、その点を突いていたわけです。 愛する我が子を叱ったり、その行動にがっかり ...

エゼキエル書,御言葉

破れ口に立ち、わたしにこれを滅ぼさせないようにする者 (エゼキエル22:30) ------------------ 今日の聖句で現される人物とは、神と民との間に立って、民のために神にとりなしの祈りをする人です。 創世記第18章で、神がソドムとゴモラを滅ぼそうとされた時、アブラハムは神にこう言いました。 「たとい、あの町に五十人の正しい者があっても、あなたは ...

エゼキエル書,御言葉

わたしはひらめくつるぎを彼らに送る。 (エゼキエル21:15) ------------------ 私の両親の金婚式の年、我ら兄弟たちは国内旅行のプレゼントをしました。 ホテルオークラ神戸に宿を取ったのですが、朝食で 「死ぬほどうまい」 と評判のフレンチトーストが食べられます。 もちろん両親は生きて帰って来ましたが(笑)、そのような極端な表現でしか表せない ...

エゼキエル書,御言葉

主なる神は言われる、わたしは生きている (エゼキエル20:33) ------------------ 「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」 トルストイの「アンナ・カレーニナ」の中の一節です。 100軒の幸福な家庭があれば、ほぼワンパターンの生活スタイルに見える一方、100軒の不幸な家庭には100の違った悲劇があ ...