今日のみ言葉【No.2682】(2021年11月18日)「キリスト教イロハ(197)『ナホム書』」
主はねたみ、かつあだを報いる神、主はあだを報いる者、また憤る者、主はおのがあだに報復し、おのが敵に対して憤りをいだく。
(ナホム1:2)
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ナホムという名はヘブル語で「慰め」という意味です。
今日の聖句に強烈に現れているように、イスラエルの敵に対して怒りの炎を燃やし、その代表であるアッシリアを徹底的に倒す神がナホム書には描かれています。
相手がやっつけられるのを見て「慰め」を得るということなのでしょうか?
ナホムの預言は一見そのように見えますが、神の視点は地上に縛られているのではなく、天上から見たグローバルなものです。
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ナホム書の主題は、神の正義を歴史的に証明することです。
神のさばきは高ぶる者すべてに及びます。
それはイスラエルの敵アッシリアであろうと、神の民イスラエルであろうと変わりはありません。
アッシリア帝国は、不信のイスラエル民族を裁く器として神に用いられました。
「ああ、アッスリヤはわが怒りのつえ、わが憤りのむちだ。わたしは彼をつかわして不信の国を攻め、彼に命じてわが怒りの民を攻め、かすめ奪わせ、彼らをちまたの泥のように踏みにじらせる」
(イザヤ10:5-6)
アッシリアはヨナの宣教によって悔い改め、首都ニネベは滅亡から逃れましたが、それは永続的ではなく、後にその預言に従わず、神の器としての限度を越えて横暴を極めました。
「わざわいなるかな、血を流す町。その中には偽りと、ぶんどり物が満ち、略奪はやまない」
(ナホム3:1)
そこにアッシリアが滅びる原因がありました。
神は背信のイスラエルを罰するためにアッシリアを起こされましたが、その高ぶりと暴虐に対し、バビロンを起こして滅ぼされたのです。
ナホムの預言からは、
「神は歴史を支配される御方なのだ」
という信頼と希望のメッセージを汲み取れます。
と同時に、
「たとえクリスチャンであろうと、悔い改めなければ、同じ裁きの神の前に立たせられるのですよ」
いう警告を読み取ることができるのです。
これは救いを失うということではありません。
神の裁きの正当性と、それによって下される怒りの凄さにおののく者だけが、神の愛の真実性に気づくことができるからです。
クリスチャンの倫理的・道徳的生活の背後には、ナホムによって明らかにされた神のさばきへの恐れがなければならないのです。
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ナホム書の内容は、
(1)神の正義の宣告(1章)
(2)神の正義の実証(2章)
(3)ニネベの罪悪(3章)
となっています。
神の信頼を裏切り、神の愛を踏みにじるところには、必ず大きな審判があることを忘れてはなりません。
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キリストによって罪赦された者として、謙遜に歩む今日として参りましょう。
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