今日のみ言葉【No.447】(2012年11月20日)

父なる神に愛され、イエス・キリストに守られている召された人々へ。
(ユダ1)

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キリスト教のロザリオ、仏教の数珠はアクセサリーではなく、祈りを数えるために使われるのが本来の目的です。

何百、何千、何万回と

「私は神に愛されている」

と祈る時の道具なのです。

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今日の聖句にあるように、

「父なる神に愛され、イエス・キリストに守られている」

と繰り返し同じ事を祈ることに何の意味があるのでしょうか?

それは20世紀、心理学者フロイトの「潜在意識」の発見まで待たなければなりませんでした。

人間が意識している「顕在意識」の実に6倍から10倍もの大きさで「潜在意識」というものがあるということが分かったのです。

ですから、「分かってはいるけどやめられない」という行動は、普段意識しない「潜在意識」の方が大きいからだと説明がつきます。

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修道僧が

「父なる神に愛され、イエス・キリストに守られている」

と、ロザリオの一つ一つの珠を繰りながら祈るのは、この「潜在意識」を鍛えていたのです。

そうやって、どこを叩かれても、

「神は愛なり」

という音色が無条件に出てくるような人物へとなっていくのです。

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私たちも、理論理屈でなく、

「私は父なる神様に愛されている」

「イエス・キリストに守られて今日も生かされる」

と、繰り返し繰り返し、修行僧のように祈っていくと、やがてそのようになっていくのです。

初めはなかなかそのように思えないのは、「潜在意識」の中に既に入っている否定的な思いが邪魔をするからです。

ですから、初めから完璧を目指さず、時には休み休み、しかし、

「自分の思いこみではなく、聖書がそう言っているのだから間違いはない」

と思い返して再チャレンジする日々を続けてみて下さい。

真の継続とは、挫折の度毎に再び始めることです。

何度もやめ、また始め、また途中で投げ出し、再び拾い上げ…、という日々が私たちの現実です。

その経験を通して、また、その経験を神様は用いられ、私たちは強くされ、神に愛されていることを実感していくのです。

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祈りの日々を続けられますように…。

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ユダ,御言葉

Posted by maruyama