今日のみ言葉【No.2400】(2020年11月 9日)「キリスト教イロハ(111)『信仰義認』」

それは、今の時に、神の義を示すためであった。こうして、神みずからが義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるのである。
(ローマ3:26)

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我が家のインターネット回線のスピードが速くなるというので、契約変更をした時のことです。

「○月×日の△時頃、回線工事を致します」

という連絡が来たので、私はてっきり業者さんが家の壁に穴を開けるような工事に来るのかと思って確かめたところ、

「局内で回線を切り替える工事ですから、お宅に伺うことはありません」

という返答をいただきました。

「ああ、大急ぎで掃除しなくてもいいな」

と安心した思い出があります。

つまり、こちらは何もしなくてもいいのです。

そして、その時間を境に、通信環境がガラッと変わって快適になっているということです。

信仰義認にはこのような面があります。

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「信仰義認(しんこうぎにん)」という言葉は、教会で聖書を学ぶ時、どこかで出てくるキリスト教用語です。

義認とはもともと法律上の用語です。

聖書では、救い主イエス・キリストの義のゆえに、罪人である私たちが無罪とされ、神の子の身分を与えられ、神の前に正しい者として諸権利が与えられることを言います。

ちょっと難しいですね。

このことを理解するために、あなたが被告として法廷に出ている情景を思い浮かべてください。

あなたは自分の罪を認識しているので、心の中で

「自分は有罪判決を受けるに違いない」

と観念しているとします。

ところが、裁判長が下した判決は、無罪放免です。

えっ、と驚いてその内容を聞くと、なんと自分の代わりに罪の代償をすべて払ってくれる人が現れたので、帳簿に記載されている罪はなくなったというのです。

「えっ、いや、でも、私はまだそんなにまじめになっていませんし、不十分な者です。また、償いのために良い事どころか何もしていません」

とあなたが言ったとしても、裁判長は

「払ってくれたのはイエス・キリストという人です。あなたは何もしていませんが、立場は罪人から一転して義人に変わったのです。私はあなたに罪を認めませんから、この法廷から出て、自由に生きてください」

と言うばかりです。

この判決を尊重し、本当にそうなったのだと信じて自分の生活を送ることが「信仰義認」という福音の下で暮らす生活です。

この裁判長は、恵み深く義なる神を表します。

その神は、罪人がキリストを信じることによって義人と宣言し、受け入れ、自由な人として取り扱って下さる御方なのです。

この知らせを真実のものとして受け入れ、神の前で義(ただ)しい人にさせていただいたのだと信じて生きるのがクリスチャンなのです。

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信仰義認の恵みを確認し、今日、新たに歩みを進めて参りましょう。

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