今日のみ言葉【No.956】(2015年 1月16日)
涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。
(詩篇126:5-6)
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詩篇第126篇は、バビロン補囚から帰還した民がその喜びを表した歌です。
遠い異国に補囚として連れて行かれた民に対して、希望を失うこと無く、その地で生き、産み増えよ、と神は預言者を通して語ります。
「あなたがたは家を建てて、それに住み、畑を作ってその産物を食べよ。妻をめとって、むすこ娘を産み、また、そのむすこに嫁をめとり、娘をとつがせて、むすこ娘を産むようにせよ。その所であなたがたの数を増し、減ってはならない。」
(エレミヤ29:5-6)
しかし現実的に彼らが故国に帰る希望は一筋も見えませんでした。
ところがその数十年後、ペルシャが勃興し、バビロニアと戦をして勝利します。
そしてそのペルシャ王クロスがイスラエルの民を帰還させる勅令を出したのです。
イスラエルの民にとっては神のなさる奇跡の業でした。
今は何の可能性も見えずとも、
「涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る」
(詩篇126:5)
のです。
ここに今日の一歩を踏み出す意味があります。
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1980年代の初め、アメリカから宣教師ご一家が英語学院の教師として教会に来られました。
最初の挨拶でご主人が語られたのが今日の御言葉です。
アメリカで花屋のビジネスをして成功していたのを神様に捧げ、日本にキリスト教の伝道のために来られたのでした。
これからの苦労を予想しながら、しかし、
「涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。」
(詩篇126:5)
という信仰に立って、異国である日本の生活を始めていく決心を語られたのです。
さて、予想通り、日本の食生活の問題や子供の学校問題等、様々な試練の中を通されましが、神は御言葉の約束通り、喜びの刈り取りを与えて下さいました。
それはこのご家族を通して多くの方々が教会に来られ、キリスト教に対するイメージが一新され、クリスチャンになる方々が出たことであり、私の英語力がアップしたこともそのひとつです。
しかし最大の収穫は、ご主人が伝道者として立っていく決心を日本にいる間になされたことです。
実は彼は若い頃、神の召命の声を聞いていました。
にもかかわらず、牧師・伝道者となるようにとの神の声に背を向け、彼は20年以上を過ごしたのです。
しかし時至り、ここにおいて彼は神に降参し、牧師となる勉強を始め、見事に試験に合格され、アメリカの教会に招聘され、帰って行かれました。
まさに、
「種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。」
(詩篇126:6)
の御言葉通りの人生を送られたのです。
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「涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。」
この御言葉の真実を味わう者として今日も生かされてまいりましょう。
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