今日のみ言葉【No.577】(2013年 5月25日)
そしてサムソンは言った、「ろばのあご骨をもって山また山を築き、ろばのあご骨をもって一千人を打ち殺した」。
(士師記15:16)
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ろばのあごの骨とは何でしょうか?
サムソンはこの「ろばのあご骨」をもってペリシテ人一千人を打ち殺したのですから、相当の武器となる骨だったのでしょうか?
その答は、
「無意味」
です。
全く無意味なろばのあご骨を使って敵を倒したのです。
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ろばは荷を運ぶのに適した動物です。
性格も穏やかですから戦いの場では使い物になりません。
更に、旧約聖書ではろばは汚れた動物として扱われ、ろばの初子を捧げる時は代わりに小羊を捧げなければなりませんでした。
そのろばが死んで、道端に骨となってさらしてありました。
これが「無意味」ということです。
しかし、何の意味もないものが力ある人に拾われ用いられると、敵一千人を打ち殺すほどの成果をもたらすという希望が今日の聖句で語られているのです。
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自分が神の手に拾われた「ろばのあご骨」である、と心から思える人は幸いです。
ろばのあご骨は自分からは何もすることができません。
その人生は既に終わってしまったのです。
誰からも見向きもされず、全く意味もなく朽ち果てるのを待つだけの「ろばのあご骨」。
しかし、いったん神によって用いられると、死んだはずの者が他者に命をもたらす働きをするようになります。
神にゆだねる人生とはそのようなものです。
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「人生終わった…」
と思う人は、この「ろばのあご骨」になる資格があります。
神に人生をゆだねて、神に自分を用いてもらいましょう。
すると、
「あなたの人生を終わらせない!」
という神の力強い御声が心に響いてくるでしょう。
実り豊かな人生はすぐそこから始まります。
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