今日のみ言葉【No.443】(2012年11月 8日)
あなたがたは、こうして神の霊を知るのである。すなわち、イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ているものであり、
(第1ヨハネ4:2)
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1世紀のキリスト教は、当時のギリシャ哲学の影響を受けました。
それは、人間を肉体と霊に分ける二元論です。
キリスト教の異端とされたグノーシス派は、肉体とは霊を捕らえている牢獄であるとし、肉を否定しました。
これがエスカレートすると、キリストは肉体をもって世に生まれたのではないことになります。
しかし、イエス・キリストは人間として生まれ、罪を犯しはしませんでしたが、私たち人間と同じ生活をされました。
そして、肉と血の贖いをもって私たちのために死んで下さったのです。
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キリスト教とはこのように、観念的な宗教ではありません。
頭の中で作られた理論ではないということです。
誰からも嫌われていた取税人ザアカイに対して、
「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」
(ルカ19:5)
と呼びかけ、泊まって一緒に食事をして下さるのがイエス様です。
そのように、私たちの現実のただ中に飛び込んできて下さり、共にその現実を味わい、共に苦しみを担って下さるのがイエス様です。
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JICA(ジャイカ・国際協力機構)のボランティアとして岸田袈裟さんはアフリカのケニヤに向かいました。直面したのは非衛生的現実です。しかし、日本そのままの衛生設備を直輸入してもまったくケニヤの現状には即しません。そこで岸田さんは村の女たちに日本式の竈(かまど)を作って調理することを教えました。これなら現地の材料で調達できます。今まで通り、集めた薪で火を燃やし、煮炊きするので、生活が大きく変化するわけではありません。かまどは熱効率がよいので、薪は従来の4分の1の量で済むようになりました。
これで水の煮沸消毒が容易になったことから、岸田さんは「湯冷まし」を飲むことを人々に教えました。彼らは今まで、雑菌そのままの生水を飲むしかなかったのです。そして、村の衛生状態は劇的に変わりました。「水の煮沸消毒が従来よりも容易になり、いつでも衛生的な湯冷ましを飲めるようになった結果、現地の衛生状態が劇的に向上し、同時期に行われていた井戸掘り活動などの成果もあって、5歳未満の幼児の死亡率が7人に1人から135人(かまど導入後5年間にエンザロ村で出生した子どもの全数)に1人まで減少した。」(https://ja.wikipedia.org/wiki/岸田袈裟 より)。岸田さんは、現実の中に飛び込み、その現実から始められる一歩を設定し、目標とする方向へと進み出していったのです。
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イエス様は私たちの現実に来られ、肉体を持った私たちの現状から始めて下さるお方です。
主に信頼する一歩を歩み出して参りましょう。
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