今日のみ言葉【No.1669】(2017年12月18日)「 あなたのエルサレム」

ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう
(使徒1:8)

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口語訳聖書では「使徒行伝」

新改訳聖書では「使徒の働き」

新共同訳聖書では「使徒言行録」

英語の聖書では「Acts」

いずれもキリスト昇天後、弟子たちがどのように行動したかを記した書の名称です。

この書に出てくる人々は今日の聖句に従順でした。

そして彼らが世界の歴史を大きく変える働きをなしたのです。

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いきなり世界宣教や革命的な行動で世界を一変させようとすることは、

「地のはてまで、わたしの証人となるであろう」
(使徒1:8)

とありますから可能かもしれませんが、キリストが示された順番・秩序というものがあります。

それは、

「エルサレム → ユダヤとサマリヤの全土 → さらに地のはてまで」

という流れです。

つまり、まず自分の身近な人(家族や友人)、さらに周囲の人々へ、そして最終的に世界中の人々へキリストの救いという良き知らせが伝えられていくということです。

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このことは、家族全員をクリスチャンにせねば他者への伝道はできぬ、ということではありません。

家族それぞれは、尊敬されるべき一個の独立した人格的存在として見なければなりません。

人格的存在には選択の自由が与えられていますから、その人がキリストを信じるか信じないかの強制はできません。

私たちがすべきことは、愛し、福音を伝え、祈り、待つことです。

ところが、これを抜きにして「地のはてまで」の方にクリスチャンは走りやすいのです。

なぜなら伝道の難易度としては、世界宣教の方が易しく、家族伝道は難しいからです。

しかし、神は必ず家族の方に戻されます。

そこに祝福の扉を開く鍵があるからです。

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たとえばこんなファストフードのお店を考えてみましょう。

お客様の利益を最優先し、従業員は劣悪な環境で働いています。

残業・時間外労働は当たり前。報酬は少ない。皆「お客様のため」の大義名分の下に必死で働いています。

このお店に来たら、

「客としては良いけれど、深入りしたらダメだな。ましてここの一員として働くなんて無理だ」

と思って遠巻きに見守るだけに終わるでしょう。

もう一店の方は先の店とは逆で、お客様に対しては平均的な対応ですが、「会社は従業員のためにある」と言ってはばからない社長さんのお店です。

福利厚生充実。手厚い待遇。社長の近くにいればいるほど暖かくもてなされます。

このお店なら一緒に働いてみたいと思い、人は引き寄せられるのではないでしょうか。

ですから、まず「エルサレム」なのです。

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あなたの身近な人への愛。

ここからスタートする一日として参りましょう。

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