今日のみ言葉【No.2280】(2020年 5月28日)「キリスト教イロハ(73)『主』」

そこで、あなたがたに言っておくが、神の霊によって語る者はだれも「イエスはのろわれよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことができない。
(第1コリント12:3)

——————

「聖書の『主』って何?」

これが聖書をしばらく読んでいて抱いた疑問でした。

神は人間の主人だから「主」なのか、というのが最初に思いついた答。

英語の聖書を調べると「Lord」で、意味は首長とか領主とか主人とか…。

「別にもういいや!わからなくても何となく主と呼んでいれば良いんでしょ」

とウヤムヤにし、周りに合わせたクリスチャン生活を送ってきました。

さて、あらためて「主」とは何なのでしょう?

-*-*-*-*-*-*-

「主」とは聖書の神の名です。

この神とは、天地万物の創造者であり、全被造物を所有し、さらに歴史の支配者として主権を持つ神を表します。

つまり、主権者としての神なのです。

ただし、ユダヤ人にとって神は非常に神聖な御方なので、その名前をみだりに唱えることはしませんでした。

神の名は固有名詞的には「ヤハウェ」と発音すべきでしたが、彼らはそう言うことを恐れ、「アドナイ」(わが主)と呼びました。

ヘブル語聖書をギリシャ語に訳した七十人訳聖書では、「ヤハウェ」は「キュリオス」(主)と訳されました。

ローマ帝国は人々に皇帝崇拝を求め、皇帝を神と崇め、「主(キュリオス)」と呼ばせました。

そのような世の中にあって、

「イエスは主である」
(第1コリント12:3)

と言うことは、イエスを神と告白することと同じことであり、命がけのことだったのです。

この告白は、聖霊の働きによってでなければできません。

-*-*-*-*-*-*-

今日から新たな意味で「イエスは主である」と告白し、主を崇めて参りましょう。

-*-*-*-*-*-*-
-*-*-*-*-*-*-

□ ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ □
■メールマガジン「今日のみ言葉」
■発行責任者:山形ジョイフルチャーチ 丸山芳浩
■ご意見ご感想は、maruyama@mikotoba.orgまでどうぞ
■Webサイト  https://mikotoba.org

■御言葉メールの申込、停止は全て自動でなされます。下記メールアドレスに件名も本文も無い空メールを送信して下さい。
・御言葉メールをお申し込みになりたい方は
reg@mikotoba.org
(仮登録メールが送られますので、その中のリンクをクリックして本登録となります)
・御言葉メールを停止したい方は
del@mikotoba.org