今日のみ言葉【No.3860】(2026年 3月 6日)「貧しいやもめの献金(2)」
また、ある貧しいやもめが、レプタ二つを入れるのを見て言われた、「よく聞きなさい。あの貧しいやもめはだれよりもたくさん入れたのだ。
(ルカ21:2-3)
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聖書研究会で今日の聖句を取り上げた時、
「敬虔な人とはどんな人ですか」
と参加者に質問をしました。
すると、
「常に祈る人」「謙虚な人」「飾らない人」
などの答えが返ってきました。
読者のあなたはどうお考えになりますか?
ルカ21章には2000年前のパリサイ人の考え方が現れています。
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この当時、敬虔な人とは、「祈り・断食・施し」の3つを行う人だと考えられていました。
しかし、このような行為を、これ見よがしに人前で見せつけるのは、「まやかしの敬虔さ」であるとイエス様は教えられました。
さて、
「また、ある貧しいやもめが、レプタ二つを入れるのを見て」
(ルカ21:2)
とあります。
「レプタ二つ」は、金持ちたちの献金額とは比べものにならないほどのわずかな金額です。
「レプタ」は当時流通していた中で最も価値の低い最小単位の硬貨だからです。
彼女は出し惜しみをするケチな人だったのでしょうか?
いいえ、違います。
それは、次のイエス様の言葉からわかります。
「よく聞きなさい。あの貧しいやもめはだれよりもたくさん入れたのだ」
(ルカ21:3)
ここに、献金額の大小ではなく、捧げる人の心を見られるイエス様の視点があります。
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教会学校の礼拝に、幼稚園の弟と小学生の兄の二人が出席しました。
献金の時になり、お母さんは下の子に
「これが献金よ」
と言って渡します。
弟君は素直にそのまま献金袋に入れました。
しかし、お兄ちゃんにはお金を渡しません。
彼は自分で考え、選択できる年齢に達しているとお母さんは考えていたので、先にお小遣いを渡し、
「この中から自分で献金の額を決めて捧げるのよ」
と教えていたからです。
献金袋が回ってくる間、お兄ちゃんは必死に考えています。
「50円にしようか、100円にしようか…」
神さまにささげたい気持ちと、お小遣いが減ってしまう思いとの間で、葛藤があったのでしょう。
しかし、本当に真面目に考えた末、彼は決断し、献金を達成しました。
素直に献金する人の心も、身もだえしながら献金する人の心も、神は両方ともご覧になり、喜んで受け取ってくださるに違いありません。
心を見られる神がおられることを覚えるとき、私たちの信仰生活はまっすぐに整えられていきます。
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神の愛の目を意識し、喜びの中で捧げる人生を送ってまいりましょう。
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