今日のみ言葉【No.806】(2014年 4月18日)
あなたはいつまで言葉にわなを設けるのか。
(ヨブ記18:2)
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思春期の子供の売り言葉は買うな、と言われます。
「どうしてこんな所にテレビのリモコン置いておくの!」
と叫ぶ娘に対して、お母さんが
「そういうあなたこそこないだは…」
とやり返すと、買ってしまったということになります。
売り言葉と買い言葉の応酬は、自分の正しさの証明合戦です。
この戦いに負けてしまったら自分の正しさが失われますから、お互い意地を張り続け、体力の消耗と共に引き分けに終わります。
売り言葉は買わずに、その背後にある要求(リクエスト)に答えてあげればよいのです。
「そうね、今度からあなたの見えるところに置いておくわ」
と娘が言葉にしていない要求を満たし、娘に負けても己が存在はいささかも揺るがない自分作りがお母さんの課題です。
これは夫婦においても、上司と部下の間でも、お客様との関係でも同じことが言えます。
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ヨブ記第18章では、ビルダデはヨブの売り言葉を買ってしまったようです。
彼は一生懸命自分の正しさを証明しようとして、ヨブの言い分を否定します。
このやり方では、相手を否定することによって初めて自分が肯定されるので、自分の存在の確かさは相対的にしか得られません。
ですから
「絶対に負けられない戦い」
となるのです。
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榎本保郎牧師はこの個所を以下のように解説しています。
「いいかげんに我を捨てて、自分のこの悲しみは自分の罪のゆえであると認め、神を信じ、神を恐れる者となれ。これがビルダデの言葉の主旨である。」
「しかし、ヨブは神を信じないのではない。むしろ彼は神を信じるがゆえに、神の義がわからなくなったのである。」
「神がわからなくなるほどに彼は神に信頼していたのである。」
「ヨブの苦しみは信じる者の苦しみである。」
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ヨブの背後の要求は
「神を信じたい」「神を信じさせてくれ」
だったのです。
もしビルダデが
「本当だね。神様はどうしてこんなひどいことをするんだろうね。あなたは何にも悪くないのにね。」
と語りながら、いささかも動じない神への信仰の持ち主であったなら、ヨブ記の展開は違ったものになっていたかもしれません。
言葉としては出ずとも、にじみ出る人格的確かさによって、ヨブの神への信仰が呼び醒まされたことでしょう。
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神に生かされている私としての存在の確かさに磨きをかける一日として参りましょう。
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