今日のみ言葉【No.3597】(2025年 3月27日)「聖なる使命(3)」

神は言われた、「わたしは必ずあなたと共にいる。これが、わたしのあなたをつかわしたしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたがたはこの山で神に仕えるであろう」。
(出エジプト記3:12)
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明治の文豪・夏目漱石は、若い頃にイギリスへ留学し、個人主義の影響を受けた作品(『坊っちゃん』、『吾輩は猫である』)を執筆しました。
しかし、やがてその生き方に行き詰まりを感じるようになります。
その苦悩が表れているのが『こころ』です。
晩年、漱石は「則天去私(そくてんきょし)」の境地に至りました。
それは、
「個人の力だけではどうにもならない。天(自然・運命)に身を委ねることが大切だ」
という考え方でした。
これは、モーセの人生と通じるものがあります。
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40歳の時のエジプトでエリート意識を持って生きていたモーセと、その後40年間を一介の羊飼いとして荒野で過ごし、80歳になったモーセとは考え方が違います。
40歳の時は、
「我以外誰がやる」
と、自分の力100%で意気込むモーセがいましたが、80歳の今や、
「私には何の力もない」
と、無力を意識するモーセとなっていました。
このような人を神は用いられます。
自分の主権を神に明け渡し、神に従う行動をするからです。
ここに、エジプトのパロとの決定的な違いがあります。
パロはエジプトの神々を礼拝していましたが、彼自身がその神々のしもべとして生きていたわけではありません。
むしろ、彼は自分を中心に据え、神々を自らの欲望を実現する手段として利用していたのです。
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神は、不安を抱くモーセに
「これが、わたしのあなたをつかわしたしるしである」
(出エジプト記3:12)
と、しるしを与えようとなさいます。
神からの「大丈夫」という保証ですから、さぞかし立派なものだとお思いですか?
ところが、それは相当意外なものでした。
「あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたがたはこの山で神に仕えるであろう」
(出エジプト記3:12)
神様が遣わされたのだから大丈夫だ、という保証は、物やお金ではなく、また、現在手元にあるものではもありませんでした。
未来の、まだ目にすることもできないことが「しるし」となると神は言われたのです。
それは、神が、
「モーセよ、あなたはエジプトを脱出し、今いるこの神の山に再び来て、私に仕えるようになる。それが私があなたに与えるしるしである」
と語っているようなものです。
神がモーセを遣わされた証拠は、武器や食料、援軍ではありませんでした。
それどころか、今すぐに目に見えるものですらなかったのです。
神は、未来の出来事を「しるし」として示されたのです。
ただ信じて、やってみよ。
その結果、もう一度この山に戻ってくる。
その時、
「ああ、神様は確かに私を召し、大丈夫として下さったのだ」
とわかるというのです。
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ところが、
「そこでモーセは安心して出かけた…」
とはなりません。
第一の不安は解決されたものの、第二の不安が襲ってきます。
彼はそれを神に申し上げるのです。
以下、次回に続きます。
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神とイエス・キリストに信頼し、一歩踏み出す今日として参りましょう。
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