今日のみ言葉【No.3205】(2023年10月24日)「人を束縛する律法主義(1)」
イエスが語っておられた時、あるパリサイ人が、自分の家で食事をしていただきたいと申し出たので、はいって食卓につかれた。
(ルカ11:37)
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「嵐の前の静けさ」とは、明治時代に西洋から入ってきた表現だそうです。
嵐が来て、すさまじい暴風と雷雨が襲ってくる直前、不思議にあたりが静まりかえるひとときがあります。
それがこの「嵐の前の静けさ」です。
イエス様はこれから嵐のようにパリサイ人の罪を暴きます。
その直前の平穏に見える一節が今日の箇所です。
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前回までの復習をしましょう。
今日の箇所の1年前は、イスラエルの宗教的指導者がベルゼブル論争をしました。
1年後、それが宗教的指導者レベルから民衆レベルまで下ってきて、群衆の中からベルゼブル論争を挑む者が出ました。
これが第1のグループです。
彼らは物の見事にイエス様が語る論理に撃沈されました。
第2のグループは、天からのしるしを求める人々です。
「お前が救い主なら今ここで天からの奇跡を起こしてみろ。そうしたら信じてやる」
とい主張をした者たちです。
彼らには、ヨナのしるしの他は与えられないとイエス様は語られました。
そして第3のグループは、イエス様を陰ながら応援している物言わぬ群衆(サイレント・マジョリティー)です。
彼らに対し、正しい目を持っている者は心に光が差し、光の中を歩むことができる、イエス様はおっしゃいました。
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さて、今回の聖書箇所は、第4のグループとの対決です。
「イエスが語っておられた時、あるパリサイ人が、自分の家で食事をしていただきたいと申し出たので、はいって食卓につかれた」
(ルカ11:37)
正しい目を持っていない者としてパリサイ人と律法学者が挙げられます。
その対決の最初は、あるパリサイ人の家でイエス様が食事に招かれたという、いかにも平和的なものでした。
ただし、これはただ飲み食いをして楽しむ場ではなく、食事という席を用意して、メッセージを聞くために設けられた場です。
イエス様の近くで食物を前にして話を聞くパリサイ人・律法学者たちと、食べることはありませんが、その周りで話を聞くだけの人々が取り囲んでいます。
平和的な状況の中で、突如、パリサイ人らに対するイエス様の攻撃が始まります。
イエス様があることをなさったのです。
いいえ、それは逆で、当然するだろうと思われていたことをなさいませんでした。
一体何だったのでしょう?
以下、次回に続きます。
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神の御業は突然起こる時があります。
何が起きても大丈夫と心に備えを持つ今日として参りましょう。
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