今日のみ言葉【No.548】(2013年 4月18日)

イスラエルの神、主がイスラエルのために戦われたので、ヨシュアはこれらすべての王たちと、その地をいちどきに取った。
(ヨシュア記10:42)

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ヨシュア記10章には、連戦連勝で土地を獲得していくヨシュアの姿が描かれています。

勝利をもたらしたのはヨシュアの力にもよりますが、神の力によってそうなったことを忘れてはなりません。

この戦いは神の戦いでした。

神の戦いにヨシュアが出て行っただけなのです。

神が共におられ、神が戦われ、そこに私が参加させていただき、神が私の力を用いようとされる…。

これを忘れないことが祝福を長く得ていく秘訣です。

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「私がやったからうまくいった」

「私の力でこうできた」

というように、自分の努力を正しく評価したり、他者の努力を認めてあげることは大変重要です。

「よくできた!」

「すごい!」

「大したもんだ!」

と言われ続けたら、その人はつけ上がってとんでもない傲慢な人間になりはしないでしょうか?

その可能性はゼロではないでしょう。

しかし、多くの場合、ほめられ続け、人に認められ続けると、やがて心が満腹状態になり、ほめ言葉に飽きてきます。

肯定的評価を浴び続けると、それが日常となるので、別に気にならなくなります。

すると、以前は

「あなたの力でなくて神様が働いてくれたからうまくいった」

と言われると、

「じゃあ私の存在は何なんですか?私があれだけ払った犠牲と努力は何の意味もないのですか?」

と食ってかかってきた人が、

「いやいや、私の力なんて微々たるものです。神様が働いて下さったからでしょう。」

と謙遜に満ちた答えをするようになります。

教えられた模範解答をコピーして言っているのではなく、心からそう思って言えるようになるのです。

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そうなるための一つの鍵は、

「愛されることを拒否しない」

ことです。

ほめられたら、

「いえ、私なんてそんなんじゃないんです。」

と言いたくなるところを、歯を食いしばり、我慢して、

「ありがとうございます。」

と言うのです。

人から何か頂いたら、社会通例上お返しの必要がある場合を除き、ただで受け取ったままでいるようにするのです。

もらうことに徹し、それを訓練すること。

無償で愛を受け取り、絶対にお返ししないこと。

愛されることに違和感を感じ、「何かあるぞ」と警戒してしまう人は、このような訓練が有効です。

そしてその先に、真の謙遜の道が広がっているのです。

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「全ては神の力のお陰です」と言える謙遜さを目標にして参りましょう。