今日のみ言葉【No.524】(2013年 3月12日)

「ミデアンびとにイスラエルの人々のあだを報いなさい。その後、あなたはあなたの民に加えられるであろう」。
(民数記31:2)

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「イスラム原理主義」というとテロリストの集団といイメージが我々に植え付けられてしまいました。

しかしこの語は、「キリスト教原理主義」という言葉をイスラム教にあてはめてできた言葉です。

ジハード(聖戦思想)というと、神のためなら殺人も戦争も容認される、というイメージがありますが、聖書の中にもそれと同じような個所が多数見受けられます。

しかし、神の基本的御心は、

「あなたは殺してはならない。」
(出エジプト記20:13)

です。新約聖書でもイエス様はこう語っておられます。

「剣をとる者はみな、剣で滅びる。」
(マタイ26:52)

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ですから、聖書、特に旧約聖書を読み解いていく時には、中心的メッセージをとらえるようにすることが必要です。

ミデアン人は、イスラエルに策略を図り、みだらな振る舞いをはやらせ、偶像礼拝と疫病をもたらす原因となりました。

今日の聖句の意味するところは、それをあなたの生活から取り除きなさい、ということです。

但し、罪との戦いは戦争のように激しいものです。

人間の肉の性質は想像以上にしぶといのです。

まじめに取り組んでいれば、早晩その戦いから離れたくなる自分を見出すでしょう。

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だからこそ「救い」が必要なのです。

罪と戦って人間が勝てれば、キリストの救いは必要ありません。

できないからこそ、神の子が完全ないけにえとして人となり、十字架で私たちの罪の刑罰を代わりに受けて下さったのです。

そのことを信じる時に、救いが与えられます。

キリストを信じるとは、

「できません。私の負けです。」

と、サタンや罪に対して言うのではなく、イエス・キリストに向かって宣言することです。

すると、できないことイコール駄目なこと、という古い方程式から解放されます。

完全な赦しの下で、責められることのない安心をまず味わって下さい。

温泉に入るようにじっくり味わうのです。

ササッと体だけ洗ってすぐ外に出るような、「自分を直さなくてはならない」と急ぐ人生ではないのです。

じっくりと神の温泉の中で暖まらなければなりません。

すると、この恵みに応答して少しでも自分の生活を神の御心にかなうものとしていこう、という意欲が与えられます。

そこから、じわりじわりと、行きつ戻りつしながら自分の思いも行動も変えていくのです。

罪に打ち勝ったキリストと共に戦うとは、このような生き方なのです。

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今日も神の恵みにじっくり浸るひとときを持って参りましょう。

御言葉,民数記

Posted by maruyama