今日のみ言葉【No.2981】(2023年 1月 6日)「変貌山の麓にて(2)」

2023年1月7日

イエスは答えて言われた、「ああ、なんという不信仰な、曲った時代であろう。いつまで、わたしはあなたがたと一緒におられようか、またあなたがたに我慢ができようか。あなたの子をここに連れてきなさい」。
(ルカ9:41)

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高校時代、やんちゃ坊主たちが集まるクラスにいたので、担任の先生から

「お前たちは、『やるな』ということをやり、『やれ』ということをやらない!」

とこっぴどく叱られた思い出があります。

イエス様が弟子たちを訓練するのに、彼らが一番よくわかる方法で諭されたのが今日の箇所です。

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弟子たちはすでに霊を制する権威をイエス様から授けられていました。

「それからイエスは十二弟子を呼び集めて、彼らにすべての悪霊を制し、病気をいやす力と権威とをお授けになった」
(ルカ9:1)

後は実践して使うだけです。

ところが、イエス様と3人の弟子たちが山から帰ってみると、そうできていない弟子たちの姿を見たのです。

「それで、お弟子たちに、この霊を追い出してくださるように願いましたが、できませんでした」
(ルカ9:41)

何という無様な姿でしょう。

これでは先生であるイエス様の面目丸潰れではないでしょうか。

もし私がイエス様の立場に置かれたら、高校時代の自分を省みずに言いますが、

「あれほど言っておいたのに…。なんで私の言うことを信じて行えないのか!」

と言いそうです。

イエス様が

「ああ、なんという不信仰な、曲った時代であろう。いつまで、わたしはあなたがたと一緒におられようか、またあなたがたに我慢ができようか」
(ルカ9:41)

と彼らを叱責したのも当然だと思われます。

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ところで、ここは私の長年の疑問の箇所でした。

「イエス様はかなりきつく叱っておられるなあ。いつもと調子が違うのではないか?」

実はここはイエス様があえて旧約聖書を引用された箇所なのです。

まず、「不信仰な、曲った時代」は、申命記の記事の言葉です。

「彼らは主にむかって悪を行い、そのきずのゆえに、もはや主の子らではなく、よこしまで、曲ったやからである」
(申命記32:5)

また、「あなたがたに我慢ができようか」は民数記からの引用です。

「わたしにむかってつぶやくこの悪い会衆をいつまで忍ぶことができようか」
(民数記14:27)

旧約聖書を引用する目的は、言っていることの正しさを裏付けるためですが、ここでは弟子たちにより深く、明確に自分たちの姿を気づかせるためです。

申命記や民数記の話は、ユダヤ人である彼らは子供の頃から聞かされ、慣れ親しんでいます。

しかし、その話はあくまで「お話」なので、自分たちとは距離があります。

「我々の先祖の中には、そんな悪い奴がいたのか」

という程度で眺めていられますが、いざ自分がその「悪い奴」だったのだと気づかされたのが今日のところです。

イエス様は弟子たちを愛するがゆえに、このような方法を取られ、身にしみてわからせるようにしてくださったのです。

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イエス・キリストはいつまでも怒っておられる方ではありません。

きちんと叱り、さらにその奥には深い愛が秘められています。

愛の神ゆえの叱責だと信じ、その愛の神の方向に一歩踏み出す今日として参りましょう。

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