今日のみ言葉【No.2866】(2022年 7月29日)「長血の女の癒やしとヤイロの娘のよみがえり(5)」

女は隠しきれないのを知って、震えながら進み出て、みまえにひれ伏し、イエスにさわった訳と、さわるとたちまちなおったこととを、みんなの前で話した。
(ルカ8:47)

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今日は長血の女の癒やしの話の中で最も大事なところです。

「病気が治ったんだったら、もうそれでいいじゃない」

では済まされない大事なものをイエス様は授けようとなさいました。

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なぜイエス様は信仰によって神の力を引き出した者を探そうとしたのでしょうか?

それはイエス様が「モノ化」しないためです。

「モノ化」とは人格的存在が「物」として取り扱われることです。

長血の女は衣の裾に触って癒やされました。

もちろん、そこにイエス様は神であるという信仰があったゆえに癒やしの力が発揮されたのですが、もしこのまま終わってしまったら、イエス様との人格的出会いは果たせません。

人格的な出会いを遂げていれば、心にイエス様をお迎えし、祈りによって心と心は結ばれ続けます。

ところが、人格的出会いがないと、人はそれに代わるものを求めます。

もしかすると、癒やされた場所の小石を記念に拾ってきて、年中それを見ながら過ごすかもしれません。

あるいは、思い切ってイエス様の衣の裾を、今度も後ろから忍び寄って、用意したハサミでチョキンと切って、大急ぎで家に戻ってくるかもしれません。

そして、

「もう大丈夫。これさえあれば安心だ」

と思って日々を過ごすのかもしれません。

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物に頼り、物を拠り所とすることは偶像礼拝につながります。

偶像の神は「モノ」ですから、交換可能です。

今信じている神より強い神が現れれば、そちらに乗り換えます。

そうやって人間が自分の都合に合わせてやりくりできて、常に自分に利益をもたらすのでなければ存在し得ないのが偶像の神であり、モノ化された神なのです。

イエス様はそのような関係になることを好まず、交換不可能な、この人でなければならないという人格的関係を作ることを求められました。

それも、イエス様の方から命令して表に出させてしまっては、それこそ長血の女をモノ化してしまいます。

人格的存在として相対するとは、あくまでも相手の自由を尊重し、自発的にこちら側を選んでもらおうとすることです。

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女は

「震えながら進み出て」
(ルカ8:47)

とあります。

自分の存在が「物」である時には何も言わない隠れた存在でいて良いのですが、一旦人格的存在として表に出るとなると、震えます。

長血の女はその恐れのハードルを見事に乗り越え、自分の存在をイエス様と人々の前に表しました。

「うしろから近寄って」
(ルカ8:44)

いた女は、今や

「みまえにひれ伏し」
(ルカ8:47)

と、全く居場所が正反対となっています。

彼女は会堂司ヤイロと同様、真正面からイエス様に出会える人となっていたのです。

この女に対して、イエス様はどう向かわれたのでしょうか?

以下、次回に続きます。

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あなたは十把一絡げの、いつでも他の人と交換できて、いつかは捨てられる存在ではありません。

真正面からイエス様に求められている存在として今日も生きて参りましょう。

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