今日のみ言葉【No.327】(2012年 6月 8日)
キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び別たれ、召されて使徒となったパウロから
(ローマ1:1)
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今日からローマ人への手紙に入ります。
ローマ書は1〜11章が神学的理論、12〜16章が実際生活への応用、という構成になっています。
その冒頭でパウロは自分のことを、
「僕(しもべ)」
「選び別たれ」
「使徒」
と紹介しています。
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僕(しもべ)とは奴隷のことですから、主人であるイエス様の命令を忠実に行う者です。
使徒は御言葉を宣べ伝え、人々を救いに導く働きをします。
大事なことは、その働きに召されたのは、神の「選び」によるものだということです。
努力して使徒の基準をクリアしたから、とか、僕としての能力が抜群だから順当にそうなった、のではありません。
神の憐れみによる選びなのです。
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確かにパウロは律法に精通し、情熱的で有能な人でした。
しかし彼は当初、その力をキリスト教への迫害に向け、多くのクリスチャンを死に至らしめました。
力のある人は、その力を使う方向を間違えると、大きな犠牲を生み出してしまいます。
そのような大きな失敗をした人は使徒として失格なのではないでしょうか?
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しかし神は、そのパウロを選んだのです。
彼の能力が欲しいので、あえて過去に目をつぶったのではありません。
パウロが伝道者として活躍すればするほど、そこに
「神の赦し」
と
「新しい生まれ変わり」
が人々の目に浮き出してくるからです。
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私たちも同じです。
神はあえて、無きに等しい者をお選びになります。
それは、私たちを通して、人間の業ではなく神の業が見えるようになるためです。
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神の選びを信じて今日も一日を送って参りましょう。
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