今日のみ言葉(2012年 4月9日)【No.280】
イエスは答えられた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生れなければ、神の国にはいることはできない。(ヨハネ3:5)
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今日の聖句は、ニコデモという律法に精通していた人がイエス様のところにひそかに訪れた場面で語られました。
彼の関心はこの世のことではなく、神の国でした。老人になったからです。
イエス様は彼の来訪の意図を見抜き、ズバリと答えられました。
「だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」
しかしニコデモはこのことを理解しませんでした。
そこで
「人は年をとってから生れることが、どうしてできますか。もう一度、母の胎にはいって生れることができましょうか」
というトンチンカンな答をしてしまいました。その結果、
「あなたはイスラエルの教師でありながら、これぐらいのことがわからないのか」
とイエス様からたしなめられてしまうほどでした。
それほど霊的に新しく生まれ変わるということは彼にとって理解しがたいことだったのでしょう。
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現在、人が新しく生まれ変わることはいともたやすくなりました。
教会の洗礼式がそれです。
イエス・キリストを救い主として信じた人は洗礼を受けます。
水にザブンと浸かるのは、埋葬を意味しています。古い自分に死ぬのです。
そして水から引き上げられるのは、新しい命を得てよみがえることを意味します。霊的な生まれ変わりの象徴です。
人間の努力ではなく、イエス・キリストの十字架によって救いの道が開かれ、彼を信じた者は永遠の命を受けるのです。
イエスを救い主として信じる、ただこれだけです。
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ニコデモでも理解しがたかったことですから、凡人の私たちがこの「新しく生まれ変わる」ことを理解しようとしても大変なことでしょう。
しかし、電灯がどうやって明るくなるのか、その電子的メカニズムは分からなくとも、
「カチッ」
とスイッチを入れれば電灯がつくように、霊的生まれ変わりの神学的理論が分からなくとも、
「イエス・キリストが私を救って下さる」
と信じた瞬間から、霊的な命が躍動し始めるのです。
そこからは、自分で生きる人生から、神によって生かされる人生が始まります。
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生かされている今を思いめぐらす一日として参りましょう。
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