今日のみ言葉【No.2344】(2020年 8月29日)「荷から手を離す」
すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。
(マタイ11:28)
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コロナウイルスは3密を避ける生活様式をもたらしました。
テレワークが導入され、会社に通勤する必要がなくなると、あの満員電車の日々は何だったのかとあらためて気づかされます。
アルコールが苦手な人は飲み会から解放され、出張はオンライン会議で代替され、何の支障もなく進められます。
重荷とは持っている間はそれが重荷だとは感じられません。
荷から手を離し、肩から外してみて初めて
「あれは私にとって重荷だったのだ」
と感じられるのです。
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イエス様は重荷を負う人すべてに、ご自分のもとに来て休めと招いておられます。
「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう」
(マタイ11:28)
マタイ11章の文脈では、この重荷は人間関係で感じるストレスや病気や経済上の問題等を指しているのではありません。
ここでは、モーセの律法とは別に、パリサイ人らが守れと命ずる口伝律法のことを指しています。
それはあまりにも細部に渡って人間を規制するので、人々の一挙一投足はがんじがらめに縛られていました。
私たちも、神の御心とは関係ないところで、ああすべき、こうすべきと自分を縛っていることはないでしょうか?
普段私たちはそれを重荷だとは認識しないで生きています。
神様はそれを取り去り、イエス様が与える軽い荷の方を負わせようとして、日常とは違うおもいがけない出来事を起こして、あなたを御心の道へと導こうとされるのです。
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ロバート・シュラー牧師の実話です。
世界中で活躍する先生は、旅行先の空港などで、人に荷物を運んでもらうほど年寄りでもないし、力だってまだまだ衰えてはいないと思っていたそうです。
しかし、とうとうある時、
「先生、荷物をお持ちしましょう」
という親切な申し出を受けてしまったのです。
するとこうなりました。
「両手が自由になった私は、歩きながら身振り手振りで話をしたり、友人と握手をしたり、本にサインをしたり、いろいろなことをした。そのうちに、はっと気がついた。今までもち歩いていた荷物のなんと重かったことか!」
(『いかにして自分の夢を実現するか』、ロバート・シュラー著、稲盛和夫監訳、三笠書房、P103)
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イエス・キリストは、今日、あなたに
「荷物を持ちましょう」
と招いておられます。
その呼びかけに素直に応じ、
「よろしくお願いします。おゆだねします」
と、今まで「私がやらなければ」と思い込んでいた荷を明け渡すのです。
そこで初めて、いかにその荷が自分にとって重かったかを悟ります。
そして、代わりに与えられるキリストが負わせる軽い荷を負う生活を始めていく時、
「ずいぶん自分をギリギリと縛り上げていたのだなあ」
と気づかされ、同時に、
「ああ、これで良いのだ。あそこまで頑張らなくても良かったのだ」
という平安が与えられます。
今日がその日です。
キリストの平安が心に満ちあふれますように…。
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