今日のみ言葉【No.2052】(2019年 7月 9日)「「山上の栄光の姿(4)」

2019年7月9日

ペテロはイエスにむかって言った、「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。それで、わたしたちは小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために」。
(マルコ9:5)

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「入浴剤を入れた風呂の残り湯を植物にあげても大丈夫か?」

これは私の長年の疑問でした。

お風呂博士の異名を取る株式会社バスクリン広報の石川泰弘さんが言うには、最近はガーデニングブームに乗ってこういう問い合わせが増えたそうです。

私のように最後の最後まで無駄なく使い切りたい(ケチ?)人はいらっしゃるのですね。

さて回答ですが、入浴剤にもよりますが、昔からあるバスクリンのような無機塩類を主成分としているものは10日ほどで自然界に還るので使えるそうです。

ただし、バラや盆栽のように専門的知識を必要とし、手がかかるものには使わないほうが無難です。

私の長年の疑問は解けましたが、人間の発想はどうしても、「自分から見てどうか」、「自分の益になるか」という自分中心になるものだなあと思います。

それは弟子のペテロの反応を見てもそうです。

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山上で栄光の姿に変わったイエス様が、モーセとエリヤと共に話し合っているという夢にも思い浮かばない光景を目にし、ペテロは思わずこう口走りました。

「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。それで、わたしたちは小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために」
(マルコ9:5)

その後の6節に

「そう言ったのは、みんなの者が非常に恐れていたので、ペテロは何を言ってよいか、わからなかったからである」

とわざわざ解説がつけられています。

ペテロはあまりの輝く栄光の姿に混乱したのです。

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ただし、ペテロが言ったことは当たらずとも遠からじでした。

彼が言った小屋とは「仮庵の祭の小屋」のことだったからです。

ここから先は旧約聖書の預言の話になるのでちょっと難しくなりますが、メシアが王様として統治する時代が目と鼻の先にあると考えていたペテロは、ゼカリヤの預言のことを思い出していたのです。

「エルサレムに攻めて来たもろもろの国びとの残った者は、皆年々上って来て、王なる万軍の主を拝み、仮庵の祭を守るようになる」
(ゼカリヤ14:16)

彼が瞬間的に思ったことはこうだったのでしょう。

イエス様は栄光に輝くメシアだ → メシアは王となってイスラエルと全世界を治める → その時代は異邦人も仮庵の祭を守るようになる → では今その小屋を作ろう

確かにイエス様は王として来られますが、それはやがての再臨の時であり、最初に来られた2000年前は十字架につく「苦難の僕(しもべ)」として来られたのです。

ここがペテロの誤りでした。

なぜなら、彼の発想は自分から出発する自己中心の考えだったからです。

人はどうしてもそこから抜け出せないものです。

精一杯考えても、やはり「自分の益となるようにするには」という方向からしか見えません。

十字架をすっ飛ばして、栄光の素晴らしい時代しかいらない…。

これがペテロを代表とする私たち人間のありのままの姿です。

天の父なる神様はこのような私たちに何と言われているのでしょうか?

それは次回に譲ります。

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自分のありのままの姿を知り、その私に語りかけられる神がおられることを思う一日として参りましょう。

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