今日のみ言葉【No.2005】(2019年 5月11日)「惜しむことなく捨ててしまえる生き方」

2019年5月11日

しかし、わたしにとって益であったこれらのものを、キリストのゆえに損と思うようになった。
(ピリピ3:7)

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あなたの家に昔のビデオテープは眠っていませんか?

私は子供時代に撮ったものや結婚式等の本当に大事な数本は有料でDVDにしてくれるサービスに頼み、それ以外は全部廃棄しました。

見るためのビデオデッキがもう無いからです。

しかし今やDVDどころか、ブルーレイ、あるいは小指の爪ほどの大きさのメモリーカードに記録したり、ネット接続でクラウド上に保存したものを視聴する時代です。

世の中が全く新しいものに変わると、古いものはいらなくなり、何の魅力も感じなくなって、見事に捨てることができるようになります。

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キリストに出会った人生も同じです。

今までそれなしでは生きていられなかったものを、全く必要と感じなくなり、むしろ新しい人生には足手まといだと思うようになるのです。

パウロにとっては過去の輝かしい経歴がそれでした。

彼は純粋なユダヤ人であり、しかも厳格に律法を守るパリサイ人でした。

彼自身、

「律法の義については落ち度のない者である」
(ピリピ3:6)

と言うくらい自信を持って生活できていました。

それに加えてローマ市民であり、ヘブル語やギリシャ語に堪能で、聖書知識に至っては大学教授並みという、当時としてはトップレベルの人物でした。

しかし、イエス・キリストと出会い、その救いの素晴らしさを体験した後、彼はこう言っています。

「しかし、わたしにとって益であったこれらのものを、キリストのゆえに損と思うようになった」
(ピリピ3:7)

人から羨ましがられるほどの能力や地位が、ゴミやガラクタのように思えてきたというのです。

ただ罪がゆるされて無罪放免で済んだなどというものではなく、救われた後に神が用意された栄光ある地位があり、迫害者であった自分がそこに置いていただける恵みの素晴らしさに圧倒されたのです。

パウロは強制されて自分の全てを捨てたのではありません。

神の恵みの素晴らしさのゆえに、今まで持っていたものを全部失ってもいいほどの思いに至り、過去の古きものを何のためらいも苦痛も感じることなく、気がついたら手放していた、となったのです。

「すなわち、聖徒たちのうちで最も小さい者であるわたしにこの恵みが与えられたが、それは、キリストの無尽蔵の富を異邦人に宣べ伝え、更にまた、万物の造り主である神の中に世々隠されていた奥義にあずかる務がどんなものであるかを、明らかに示すためである」
(エペソ3:8)

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あなたも古いものを何の抵抗もなく手放すことができます。

それは神の力によります。

私の例を申し上げれば、お金への執着が消えたことが挙げられます。

学生時代、私は昼は教会で奉仕、夜は居酒屋でバイトという二重生活を送っていた時期がありました。

そのお店は学生仲間では最も時給が高いと評判の繁盛店で、「その分大変だよ」という経験者のアドバイスを聞いてはいましたが、お金が欲しかった私はそこで働き始めました。

案の定忙しかったですが、現場に立つママさんは我々の働きぶりをつぶさに見て、実力通りの給料を出す方だったので、バイト代はその当時の学生の平均以上にいただけました。

ですから、大学の授業料は払える、バイクを買って乗り回す、新品のウォークマンを買う、友人たちに気前よく奢る、そして余ったお金で善人ぶって教会の礼拝で献金する等の生活ができました。

表面上は順風満帆の人生です。

しかしやはり神様はいるものです。

教会のやさしいご婦人方が、

「丸山さん、もうお酒も麻雀もやめて、神様を信じていらっしゃるのね」

とおっしゃる言葉に、

「はい、もちろんそうです」

と答えながら、心の中でペロッと舌を出し、その後勇んで夜のバイト先に向かう私を神はあわれんでくださいました。

本音建前の二重生活をし、バレないように上手に嘘をついて世の中を渡っているつもりでいたその時に、神は私と出会ってくださいました。

するとどうでしょう、私の心の中からみるみるうちにお金に対する執着が消えていきました。

あれだけ欲しい物があり、それを得るにはお金だと突っ走っていた私でしたが、全く魅力を感じなくなり、そうするとバイトで頑張る理由も気持ちもなくなり、まもなくママさんに退職願を出しました。

貯金も収入も全くなくなった私でしたが、スッキリとし、満たされた思いで生きていることに自分でも不思議さを感じたものです。

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パスカルは

「人の心の中には、神が作った空洞がある。その空洞は創造者である神以外のものよっては埋めることができない」

と語ったそうですが、私の心の中にもその穴があり、空しさを埋めようとして物を買ってはその穴に詰め込み、物を買っては詰め込み、という生活をしていたのだと思います。

しかしその空洞は神の形をしていますから、物では埋まらないのです。

ただ神のみがその穴をピタッと塞いでくれる存在なのです。

私は教会の方々の祈りと神のあわれみによってその空洞が塞がれ、空しさの風がピューピュー吹いていた時代は終わりました。

もう物やお金は必要以上にため込まなくてもよい心と神はしてくださったので、あっという間に

「捨てる、誰かにあげる、神に捧げる」

という人生になりました。

神はそのように私たちを変えてくださる御方なのです。

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あなたは無理に断捨離に走ったり、執着を断ち切ろうとする必要はありません。

「キリストのゆえに損と思うようになった」と言うパウロと同じ神との出会い、キリストとの出会いをすることが重要なのです。

神様はあなたの心を変えてくださることを信じ、神に求める今日として参りましょう。

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