今日のみ言葉(2011年11月9日)【No.190】
「なぜなら、もし、肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬ外はないからである。しかし、霊によってからだの働きを殺すなら、あなたがたは生きるであろう。」
(ローマ8:13)
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認知症の人にその過ちを指摘してはいけない、とは知っていても、ついつい家族はそうしているのが普通です。
「ちがうでしょ!」
「何回言ったらわかるの!」
「それはもう10回くらい聞きました!」
家族は励ますために言っているのですが、自分がどんな顔をして言っているかはほとんどの人が気づきません。
実際は10人が10人、眉間にしわを寄せ、怒った顔で言っているのです。
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やがて認知症の方から、
「家に帰る」
という言葉が発せられます。
自分の家にいるのに「家に帰る」と言い出すのですから、家族は「症状が悪化した…」とがっかりして病院に連れて行きます。
しかし、認知症専門のドクターはこう考えます。
「家とは、暖かい場所、ホッとできる場所です。今までやさしい顔だった息子・娘が、今は恐い顔をしているので、やさしい顔をした息子・娘のもとでホッとしたい、ということなのでしょう。」
そして、
1.他愛ない会話をする
2.「ああしろ、こうしろ」、とは言わない
という2つの処方箋を家族に渡して診察を終えます。
次回の診察時には、同伴するご家族はニコニコして来て、本人の「家に帰る」という妄想も収まっているそうです。
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自分の努力のみで神の霊の働きに頼らないでいると、この認知症のご家族のように、事態を良くしているつもりでいて悪化させてしまうものです。
神の霊、聖霊にお任せすると、私たちの内側から力となって働いて下さいます。
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霊なる神とのコミュニケーションは、祈りを通して行います。
祈りは、切羽詰まった緊急課題だけでなく、他愛ない日常会話で構わないのです。
神は人間が心を開いて語ってくるのを、どんなことでも待っていて下さいます。
ですから、まず、
「神様、あのね…」
「神様、実は私…」
というフレーズから始めてみたらいかがでしょうか?
そこから霊的交流が始まり、やがてあなたの内側に命がみなぎり始めます。
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聖霊にお任せする一日とし、内なる命をいただいて参りましょう。
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