今日のみ言葉(2012年1月5日)【No.210】

2012年2月13日

「アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図。」
(マタイ1:1)

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新約聖書の最初にある4つの福音書は、イエス・キリストの言葉と行いを記した書です。

マタイによる福音書は、旧約聖書を神の権威ある言葉とするユダヤ人向けに書かれました。

それゆえ、他の福音書に比べて旧約の引用が多く、歴史と伝統に重きを置いています。

マタイの第1章が系図から始まるのはそのような意味だからです。

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さて、マタイ1章のカタカナの名前の羅列に何の意味があるのでしょうか?

「どれ、聖書にチャレンジしてみようか」と意気込んで読み始めたとしても、最初の関門が新約の第1ページに待ちかまえているのです。

しかし、この系図に4人の女性の名前が記されていることで、人間の想像を遙かに超えた恵みの系図となっているのです。

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以下がその4人の女性です。

(1)タマル
遊女のふりをして義父ユダと関係を持ち、子を産みます。今で言う近親相姦です。

(2)ラハブ
正真正銘の遊女、娼婦です。

(3)ルツ
ユダヤ人から見れば、救われるはずのないモアブ人、異邦人の女です。

(4)バテシバ
夫ウリヤの留守中にダビデ王と不倫関係になり、妊娠します。

いずれも罪ある者であり、数に入らない人々です。

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しかし、マタイ第1章の系図ではあえてこの4人の女性の名前が取り上げられています。

なぜでしょうか?

それは、イエス・キリストによって、数に入らないような人も数に入れてもらえるようになったということです。

罪ある過去がいつまでも消えず、それを負って一生を送らねばならない人が、キリストのゆえに光栄ある者とされるようになったのです。

これが系図に含まれている福音です。

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翻って、私たちもこの系図の中に入れられている恵みを覚えましょう。

どんな人でも、イエス・キリストを信じた瞬間に神の子とされ、新しい人生を送ることができるからです。

「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。」
(第2コリント5:17)

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神の目には私たちはつまらない人間とは映りません。

むしろ、その私たちを救い、きよめ、この時代に用いようとして下さっています。

その神の愛の思いを大切にし、自分を大切にして生きる1年として参りましょう。

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神の愛の系図の中にいることを覚えましょう。