今日のみ言葉【No.1643】(2017年11月 9日)「 世界は準備されている(4)」

あなたの神、主はあなたを再び栄えさせ、あなたをあわれみ、あなたの神、主はあなたを散らされた国々から再び集められるであろう。
(申命記30:3)

——————

「重いものをみんな棄てると 風のように歩けそうです」

高村光太郎の詩「人生」の一節です。
(『高村光太郎全集第2巻』、筑摩書房、P133)

妻千恵子の病と死。戦時体制に協力する詩を作ったことへの自戒。

高村光太郎が背負った過去の重荷がこちらにも伝わってきそうです。

神はその重荷を用いて、イスラエルが重荷から解放される道を開いて下さいました。
 

-*-*-*-*-*-*-

旧約聖書を見ると、イスラエルは北王国と南王国に分裂したことが記されています。

北は紀元前722年、南は586年に滅亡し、民は文字通り全世界に離散させられました。

それは神の御心に従わなかった彼らが呪いを刈り取ったということです。

「主は地のこのはてから、かのはてまでのもろもろの民のうちにあなたがたを散らされるであろう。その所で、あなたもあなたの先祖たちも知らなかった木や石で造ったほかの神々にあなたは仕えるであろう」
(申命記28:64)

ところで、アメリカに移民した日本人でも日系3世あたりになると中身は完全なアメリカ人です。

民族の独自性など消え失せてしまうのが一般的です。

しかし、国を持たないユダヤ民族ではありましたが、彼らは民族の独自性を何千年も保ちました。

その力は聖書にあります。

救い主メシヤ待望の信仰と伝統は次世代へ受け継がれ、それが彼らの民族性を守ったのです。

-*-*-*-*-*-*-

神は彼らの離散という重荷を用いられました。

救い主キリストがついに到来し、救いのメッセージが広げられようとする時、パウロを始めとする弟子たちは非常にスムーズに伝道することができたのです。

彼らは全く初めてのところに全く目新しい内容の話をしに行ったのではありませんでした。

ユダヤ人が離散した結果、彼らは住み着いた場所で聖書を読み、会堂を建て、彼らの信仰を守りました。

ということは、全世界に聖書を知る人々の群れがすでに出来ていたということだったのです。

パウロたちはその人々に「待っていた救い主が来たぞ!」という知らせを告げに行くだけで十分だったのです。

キリスト教が当時の世界に野火のように広まったのには、そのような背景がありました。

重いものは棄てられるどころか逆に用いられ、風のように歩く使徒たちによって聖霊の火が至るところに燃え上がったのです。

-*-*-*-*-*-*-

O兄は仕事人間、日本の企業戦士でした。

仕事を頑張る人はグングン伸びて昇進しますが、地位が上がるにつれて責任は重くなります。

仕事量が多くなるので会社にいる時間が深夜にまで及び、責任の重さから解放されたいために飲みに歩いて午前様…、という典型的パターン。

仕事優先、家庭は二の次のO兄は、奥様から離婚を言い渡されました。

その時、「とうとう家族から見放された」と彼はその思いで頭がいっぱいとなり、そう申し渡しをせざるを得なかった奥様の気持ちに思いが及ぶなどということは全くなかったと語っておられます。

それほど仕事とストレスの中で自分を見失い、周りも見えない、いわば心が瀕死の重症状態にあったのです。

この人生の危機に、取引先のクリスチャンのお客様を通して彼は教会に導かれました。

彼ははっきりと自分の罪を認めました。

そして、イエス様の十字架で罪赦された者として人生の再スタートのチャレンジをしました。

数年後、一緒に洗礼を受けられた奥様と一緒に礼拝堂の中へ軽やかに歩いて来られるO夫妻の姿が見えます。

それだけで「ああ、神様はいらっしゃる」と私は思えます。

-*-*-*-*-*-*-

離散のイスラエルは置かれた所で祝福となりました。

そして将来必ず元のところに集められ、更に大きな祝福となっていきます。

私たちの人生で今感じる重荷は、主の御手にあって祝福の計画の一部として存在しているのです。

間違いなく風のように歩く日はやって来ます。

罪を告白し、神の前で赦しを確信し、その重荷を御手にゆだねて、聖霊の風に後押しされつつ軽やかに歩んで参りましょう。

-*-*-*-*-*-*-

※御言葉メールをまとめた書籍『365日 生きていていい!』(税込1500円)は好評発売中です。

ご希望の方は、米沢興譲教会テープ伝道委員会までお問い合わせください。

メール:tapeinfo@kojochurch.com
電 話:0238-23-6439
FAX:0238-23-6440