今日のみ言葉【No.1644】(2017年11月10日)「 世界は準備されている(5)」
求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。
(マタイ7:7-8)
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作家の曽野綾子さんは、実年齢では測れない心理的老化の度合いを、新しい機械を使うかどうかで測るそうです。
ちょっと長いですが引用します。
「新しい道具を与えられると、どう使っていいかわからない。何度、人から説明されても、説明書を読んでも、自分にはわかりっこない、と思う。どんなに高い教育を受けていても、知能が高くても、わからないと決めてかかって、そんな新しい道具を使わせられるくらいなら、多少の不便は我慢してもいいから、今のままがいい、と拒絶する。」
「使いそこなうことは、その人の性格と能力の問題である。しかし、初めから使わないと拒否することは老化である。」
(『戒老録』、曽野綾子著、祥伝社、p106)
新しい機械を使い出すと、最初は失敗続きで混乱します。
すると、「自分はできなくなったのだ」と認めることが辛いので、新しいものに手を出さなくなるのです。
心が老化すると安定を求めます。今と同じ状態がずっと続くことを求めるのです。
ですから、迷い、混乱するということは、「まだまだ私は若いぞ」という証明です。
神は苦悩する心に働いてくださるのです。
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イエス・キリストが降誕した時代は「ローマの平和(パックス・ロマーナ)」と呼ばれる長く平和が続いた時代でした。
人々は生存の恐怖に怯えることが無くなり、生きる意味を求めることが出来る時代となったのです。
この平和の時代、争いが起きなかった理由の一つは、ローマ帝国が各地の宗教に寛容だったからです。
征服された民がカイザルの前にひれ伏して拝む限り、彼らがどんな神々を信じていても迫害されることはありませんでした。
そうすると、何を選ぶか、どれが本当の生きる道なのか、人々は悩み混乱します。
「○○様のお陰で治った」
「△△の神様に行ったら経済の問題が解決された」
「□□の女神は効き目がある」
さらに、宗教では飽き足らぬ人々が哲学者に人生の問題の答を求めました。
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この霊的知的混乱の時代を神様は用いられたのです。
それはちょうど山登りの状況にたとえられます。
まだ暗いうちに出発し、木々の中、藪の中を頂上目指して進みます。
自分は今どこにいるのか、どこまで登ったのか全くわからず、果たして頂上に着けるのかさえ確信がありません。
疲れてくると、景色を見ようとする意欲すらなくなり、ただただ足を進めるだけです。
やがて喉がカラカラに渇いてきます。
そしてとうとう山の頂上に着いた時、そこで飲む水は格別の味です。
霊的混乱の時代だからこそ、命の清水の味がわかるのです。
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神は求める者には与えてくださる御方です。
それまでに混乱の時期を過ごすかもしれませんが、神はあえてそこを通させるのです。
それは私たちが本物を手に入れ、離すことが無いようにするためです。
今日も新しいことにチャレンジし、命の水を味わって参りましょう。
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