今日のみ言葉【No.1561】(2017年 7月 5日) 091 「トマス(見ないで信ずる者は、さいわいである)」(3)
イエスは彼に言われた、「あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、さいわいである」。
(ヨハネ20:29)
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松下電器(現・パナソニック)の創業者で「経営の神様」と称された松下幸之助さんは、3つの無いものがあったから成功できたのだと語っています。
1つ目は家が貧乏でお金が無かったこと。だからお金のありがたみがわかりました。
2つ目は小学校中退で学歴が無いこと。だから人に聞いて教えてもらえました。
3つ目は病気がちだったので健康が無いこと。だから部下に任せ、人が育ちました。
無いということがどれほどの祝福を生むかの一例です。
2000年前に地上に存在したイエス・キリストを私たちは見ることも触ることもできませんが、それゆえ最上の祝福が与えられると今日の聖句は語っています。
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復活のキリストはトマスの前に現れ、こう言われました。
「あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、さいわいである」
(ヨハネ20:29)
彼は今目の前にいるイエス様を見て信仰告白をしました。
それは素晴らしいことなはずですが、今日の聖句を読むと、見て信じるのは不十分な信じ方で、見ないで信じるのがまともなのだと言われているように感じられます。
例えて言えば
「お前は一応信じたのだから合格だが、見て信じたので点数で言えば合格点ギリギリ。赤点スレスレだったんだぞ。見ないでも信じられるのが100点満点なのだ。だからそれを目指せ!」
というような感じです。
もしそうだとしたら、イエス様はちょっと意地悪なのではないでしょうか?
なぜなら、他の弟子たちは復活のイエス・キリストを見て信じ、その際トマスと同じことは言われていません。
見て信じたということで何も責められてはいないのです。
しかも、イエス様はトマスに対して特別に
「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手をのばしてわたしのわきにさし入れてみなさい」
(ヨハネ20:27)
と言われ、見るどころかさわってみよとまで言われました。
そこまで言っていて、急に
「あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、さいわいである」
(ヨハネ20:29)
と言われるのはだまし討ちにあったような感覚です。
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イエス様の真意はトマスを責めることではなく、目に見える存在としてのイエス・キリストに会うことのできない私たちに対して、そのことは決してハンディにはならず、むしろ祝福になるのだと語られたのではないでしょうか?
現代の私たちは人となって肉体を持った神イエス・キリストを肉眼の目で確かめることはできません。
聖書という神の御言葉を通して、生ける神の御子イエス・キリストとの出会いを体験するのみです。
しかし、見えるということが無い状況は、逆に祝福となると語られているのです。
「見ないで信ずる者は、さいわいである」
(ヨハネ20:29)
という箇所をギリシャ語原典で見ると、マタイによる福音書第5章の山上の祝福の文章と全く同じスタイルです。
「何と祝福されていることか!見ないで信じる人たちは!」
という英語の感嘆文のような表現です。
ペテロのように見たので信じる以上の祝福を、見ないで信じる者は得ることができます。
それゆえに最上の祝福なのです。
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米沢興譲教会の礼拝堂に関して3種類の人たちがいます。
1番目は、会堂建設のために祈り、それを見ずして先に天に凱旋された信仰の先輩方です。
2番目は、私のように昔の礼拝堂を知り、新しい会堂のために祈り、その経過を知り、今いる人たちです。
3番目は、初めて教会に来た時から今の会堂だった人たちです。
申し訳ありませんが、3番目の方々が一番感動が薄いはずです(すいません!)。
なぜなら、今の教会があることが当たり前だからです。
2番目の私は、「あの会堂から今の会堂が…」と毎回感激を覚えながら教会に入ります。
玄関の自動ドアから入るのがもったいなくて、少し離れた所にある手動のドアからいつも入ります。
しかし一番祝福を覚えておられるのは一番目の方々でしょう。
神の言葉のみを信じ、礼拝堂の完成を見ずして信じた人の感動が一番高いのです。
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イエス・キリストは、あなたと聖書の御言葉を通して出会って下さるお方です。
聖霊の助けを求め、神の言葉を通して今日も祝福を得て参りましょう。
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※礼拝説教とサイン会のお知らせ
丸山は7月9日(日)に東京ゴスペルハウスに参ります。礼拝説教と本のサイン会を致しますので、近辺でご都合のつく方はどうぞご参加ください。
●午前礼拝 午前11時〜12時15分
説教題「愛にあって真理を語る」
●午後礼拝 午後4時15分〜5時30分
説教題「お言葉ですから」
会場:東京ゴスペルハウス
東京都千代田区九段南4-3-3 シルキーハイツ九段南2号館302号
http://www.geocities.jp/tokyo_g_h/
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