今日のみ言葉【No.1369】(2016年 9月17日) 029 「カナンの女」(3)

そこでイエスは答えて言われた、「女よ、あなたの信仰は見あげたものである。あなたの願いどおりになるように」。その時に、娘はいやされた。
(マタイ15:28)

——————

カナンの女に対するイエス様の拒絶は、実はテストでした。

しかもそれは抜き打ちテストです。事前の準備は何もありません。

そのテストの最中、彼女の信仰は冷たい水を浴びせられ、鍛えられ、短時間のうちにめざましく成長しました。

-*-*-*-*-*-*-

「女よ、あなたの信仰は見あげたものである」
(マタイ15:28)

とイエス様に言わせた個所は、原文では感嘆の意を表す「ω(オー)」が入っています。

また、「見上げたもの」とは「大きい」ということです。

ですから、直訳すると、

「おお!女よ、大きいなあ、あなたの信仰は」

となります。

水の上を歩いて、その後、溺れかけたペテロは

「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」
(マタイ14:31)

と言われましたが、この外国人の女とは全く対照的です。

-*-*-*-*-*-*-

「疑う」というギリシャ語は「複製を作る。コピーを作る」ということから来ています。

つまり、2つの同じようなものを作ってしまい、その間で、

「あちらでもないこちらでもない」

と繰り返し揺れ動く姿が「疑う」ということです。

「水の上を歩ける」という信仰の方向。

それと全く正反対で同じ力を持つ「おぼれる」という恐れ。

これらを同時に持って揺れ動いたペテロの姿が「疑う」ということなのです。

それに対して、カナンの女の態度は「一心」でした。

「娘を癒していただく」というたった1つの思いしかありません。

イエス様の拒絶に対して、彼女はますます一方向に思いを磨いていく結果となりました。

そして、彼女自身、思いもよらないほどの信仰の成長へと導いていかれたのです。

-*-*-*-*-*-*-

イエス様と出会う時、私たちの思いは神の御心の方向へと導かれていきます。

御心と信じる方向へと、一歩足を踏み出す一日として参りましょう。

-*-*-*-*-*-*-
-*-*-*-*-*-*-

●過去記事(バックナンバー)は全て

https://mikotoba.org/

に保管されていますので、いつでもご自由にお読みいただけます。