今日のみ言葉【No.1270】(2016年 4月18日)

これは全地のおもてに出て行く、のろいの言葉です。すべて盗む者はこれに照して除き去られ、すべて偽り誓う者は、これに照して除き去られるのです。
(ゼカリヤ5:3)

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ゼカリヤは第5章で「飛んでいる巻物」の幻を見ます。

律法が書かれている巻物(トーラー)は、通常手にとって読むものです。

しかしこの人々の頭の上を「飛んでいる巻物」の大きさは、

「その長さは二十キュビト、その幅は十キュビト」

とあります。

キュビトとは成人男性の肘から中指の先までを目安とする長さの単位で、約45センチです。

そうするとこの飛んでいる巻物の大きさは、

「その長さは9メートル、その幅は4.5メートル」

となり、かなり巨大な巻物となります。

しかも、クルクルと巻かれて閉じられているのではなく、広げられて平面となっていて、誰でもそこに書かれている文字が読める状態で飛んでいるようです。

ですから、人の罪がこの巻物に書かれている律法と照らし合わせることができ、それによって

「すべて盗む者はこれに照して除き去られ、すべて偽り誓う者は、これに照して除き去られる」
(ゼカリヤ5:3)

という結果になります。

人々の罪があばかれ、裁きが行われ、罪を犯す者は除き去られることが預言されているのです。

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ゼカリヤの関心事はあくまでも神殿再建です。

しかし、その聖なる務めに携わるはずの民の心は、ゼカリヤとは違い、あくまで自分自身の生活向上に向いていました。

「聖」を目指すはずが「利」を取る方向に進んでいれば、自ずとそこには多少の不正には目をつぶってでも利益を得ようという社会が出来あがります。

こんな腐った状況での神殿の再建など、もし完成出来たとしても、中身のない伽藍堂のような建物が出来上がってしまうことでしょう。

また、イスラエルが聖なる民として回復する道も閉ざされてしまいます。

このような時に神が成される手段は、「のろい」を味わわせることです。

つまり、人が罪を犯した時、その災いが自分の身に及ぶ体験をさせることです。

そして、「のろい」を味わうことによって人は自分の中に罪の性質があることを知り、また、それをはびこらせる結果の恐ろしさを知ります。

「祝福」と「のろい」。

その両方共、神の御心を達成させるために私たちに与えられているのです。

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N姉に「あなたの車が当て逃げされてるよ」と教えてくれる友人がいました。

駐車場に行って見てみると、たしかに大きな傷があります。

警察に通報しましょうと促す友人のそばで、どうしてもそうする気になれないN姉がいました。

なぜなら、十数年前、彼女も同じ「当て逃げ」をしていたという記憶がまざまざとよみがえってきたからです。

「あの時は、ぶつけた相手の車に傷がないことを確認した」

「警察に行っても犯人が見つかるはずがない」

そう思って自分の心をなだめますが、数日間は心が不安定な状態が続きました。

「出て来ないで欲しい」

しかしそんな気持ちとは裏腹に、数日後、警察から

「当て逃げした人が見つかりましたから今すぐ来てください」

との連絡が入りました。

出てくるはずのない人が出てきたのです。

彼女は自分が出頭するかのようにガタガタと震えて警察署に行きました。

「あれから良心が責められて責められて…。すみません、恐くなって逃げてしまいました」

相手の方が言うその言葉に対して、N姉は

「私も同じでした」

と内心思う他ありませんでした。

警察の担当者が諄々とその人に諭す言葉が、自分に語られる言葉として突き刺さってきます。

「ああ、神様はあの時私が味わうべき気持ちを今味わわせてくださっているのだ」

彼女はその後、不思議な方法で自分の罪を示し、イエス様の十字架のゆるしを味わわせて下さった神に感謝しました。

そして、自分を愛するように隣り人を愛する聖なる者となるべく、ますます教会生活に励んでおられます。

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神様のご訓練をしっかりといただき、さらなる成長を遂げさせていただきましょう。

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