今日のみ言葉(2011年5月30日)【No.71】
「わたしはあなたと共にいて、あなたがどこへ行くにもあなたを守り、あなたをこの地に連れ帰るであろう。わたしは決してあなたを捨てず、あなたに語った事を行うであろう」。
(創世記28:15)
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この言葉を神から語られたヤコブは、神に忠実で従順、御心を行うことに生きた人…、とは言えませんでした。弟である彼は財産相続をしたいがために、自分は兄エサウだと偽って盲目の父イサクを騙し、まんまと成功しますが、直後にそれが兄の知れるところとなりました。
エサウの猛烈な怒りを知った母リベカはヤコブを一時的に避難させるために自分の兄ラバンのもとへ彼を送ります。この時のヤコブは密かに逃げ出したところだったのです。
実はこれが母親との生涯の別れになります。避難は一時的ではなく、その後何十年も彼は家族の元に戻ってくることはできませんでした。そのヤコブに対しての今日の神の恵み深い言葉です。
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ヤコブの行いは決してほめられたものではありません。むしろ罪深い行為です。ですから、ヤコブの行いへの報いとして神が共にいて下さり、守って下さるというわけではありません。それは神がヤコブの祖父アブラハムと結んだ契約の故です。神は約束を果たすためにヤコブを祝福するのです。
ヤコブという人間が祝福を受けるに値するかどうかということは関係ありません。こんな失敗をしたとか、契約にふさわしい人格か、等のことは関係ありません。ただ、「アブラハムとその子孫を祝福するという契約を神が忠実に守られる」ということなのです。
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この神の行為を「おかしい!」と感じる人がいます。自分はヤコブと違うと思う人です。「ありがたい!」と感じる人がいます。ヤコブの中に自分を見る人です。神の祝福を受ける秘訣はここにあります。
ヤコブという名前の意味は、「押しのける者、欺く者」です。「自分もそのように人を押しのけ、欺いてでも自分こそ一番になりたい、助かりたい、得をしたい、楽をしたい…、と思う者だなあ。それで今までずいぶん周りに迷惑をかけてきたなあ…」と、ありのままの自分を認め、自分の罪に気づく時、キリストの十字架の罪の赦しは目の前にあります。
聖書はイエスを信じた者は神の子とされると約束しています。その人はアブラハムの子孫として認められ、ヤコブと同じ祝福の傘の中に入れられるのです。
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えひめ丸がアメリカの原子力潜水艦と衝突し、9名の死者を出した事故から10年たちます。スコット・ワドル艦長(当時)の判断や対応、謝罪の遅れに日本では多くの批判が集まりました。現在、コンサルタントとしてフルタイムの講演活動をしている彼は、今年の2月、産経新聞のインタビューにこう答えています。「私の体験談が悲惨な事故の再発防止になるよう努めたい。また、常に礼儀正しく、信義を守り、誠実でありたい。事故が私の人格を決定づけるのではなく、その後の行動が私の人生を決めることを示したい」彼は事故の責任を認め、自分の不十分さを真っ正面から受け入れています。と同時に、クリスチャンであるワドル氏はイエス様により罪が赦されることを知っています。だからこそ、悔い改めの大切さを人々に訴え、救い主を受け入れる大切さをその行動で明らかにしているのです。
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神はいつも共にいて下さいます。祝福を信じて今日一日を送って参りましょう。
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