今日のみ言葉【No.1240】(2016年 3月 9日)

ところが主は群れに従っている所からわたしを取り、『行って、わが民イスラエルに預言せよ』と、主はわたしに言われた。
(アモス7:15)

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絶対にすべらない自己紹介のやり方に、自分の名前に意味付けをする、という方法があります。

たとえば「田中信生」という名前なら、

「米どころ山形県で牧師をしております。田んぼの中で神を信じて生きる男。田中信生です」

という具合です。

あなたなりの、自分ならではのアレンジで楽しんで考えておけば、初対面の人と会う時でも気後れせずにすむことでしょう。

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アモスは自分のことを

「わたしは預言者でもなく、また預言者の子でもない。わたしは牧者である。わたしはいちじく桑の木を作る者である。」
(アモス7:15)

と、自己紹介しています。

しかし神はそこから彼を召し出し、

「行って、わが民イスラエルに預言せよ」
(アモス7:15)

と命じました。

当時、イスラエルは北王国と南王国の2つに分裂していました。

最下層の身分の羊飼いが南王国からわざわざやって来て、北王国最上層の身分の祭司アマジヤと対し、堂々と神の言葉を伝えたのが今日の第7章です。

現代に例えるなら、山形県の田舎の農家のおっちゃんが、東京の霞ヶ関に行き、東大出身の官僚のトップに話をしに行ったようなものです。

アモスは怖じけることも気後れすることもなく、冷静に淡々と語ります。

それは彼の「召し」がはっきりしていたからです。

「ところが主は群れに従っている所からわたしを取り、『行って、わが民イスラエルに預言せよ』と、主はわたしに言われた。」
(アモス7:15)

神の選びがはっきりしていること。

これがアモスの強さの秘密でした。

そして、現代に生きる私たちも、「神の恵みによって選んでいただいた」という原点に常に立ち返り、神の選びを確認していく時に、この人生を負けずに強く生きていくことができるのです。

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アモスは結局この後、祭司アマジヤに追い払われた形となり、預言活動に終止符が打たれます。

先ほどの山形県の農家のおっちゃんが東京を追い出されて地元に戻り、農作業を再開するようなものです。

その後ずっと、アモスの言ったことが本当かどうか、ただの夢幻に過ぎなかったのか、はっきりしない年月が過ぎていきます。

しかし30年後、ヤラベアム2世の死後、アッスリヤの侵入により北イスラエル王国は滅び、アモスの預言はまさしく神からのものであったことが証明されたのです。

このどっちつかずの年月を辛抱強く生きることが信仰生活の一面でもあります。

支えとなるのは

「ところが主は群れに従っている所からわたしを取り」
(アモス7:15)

という神との出会いの体験、つまり、アモスにとっての神からの選びの体験です。

「あれも、これも、神様は用意していて下さり、私が神を信じられるように導いてくださったのだ」

というあなたの原点を大切にしていきましょう。

それがこれからの人生の歩みを支え、強めてくれます。

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主の選びを確信する一日でありますように…。

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