今日のみ言葉【No.1027】(2015年 4月18日)
わが愛する者よ、あなたはことごとく美しく、少しのきずもない。
(雅歌4:7)
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「世界で最も美しい顔トップ100」を毎年公開している"TC Candler"という映画評論サイトがあります。
http://www.tccandler.com/100-beautiful-faces-2014/
2014年版では、日本人の中から、石原さとみ・佐々木希・桐谷美玲・島崎遥香の4名が選出されています。
100人の顔ぶれを見ていると、中には「フ〜ン…」と思ってしまう人もいらっしゃいますが、これは私の美的感覚の違いということなのでしょう。
さて、神様は私たちを見て、どう思っていらっしゃるのでしょうか?
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雅歌第4章を通して語られる神の私たちに対する思いは、
「わが愛する者よ、あなたはことごとく美しく、少しのきずもない。」
(雅歌4:7)
です。
素晴らしいほめ言葉で、こちらの方が恐縮するというか、面映い(おもはゆい)というか、照れくささを感じてしまいます。
しかし神は私たちを愛するゆえに、
「ことごとく美しく、少しのきずもない」
と見えるのです。
私たちは自分を見る時に、
「全くの未完成で、傷だらけ」
としか見えません。
どちらが正確な姿なのでしょう?
「恋は盲目」「惚れた目にはあばたもえくぼ」と言いますから、神が間違っているのでしょうか?
いいえ、神がおっしゃることが真実なのです。
自分の目にはそう見えませんが、神様から愛されている自分なのだと信じ受け入れていく時に、本当にその姿に人はなっていくのです。
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愛された体験に乏しい人は、愛されると、それを拒絶しようとします。
今までにない体験なので、違和感を感じるのです。
人は慣れたものの方に親密さを感じますから、泥の中にまみれていた者は、体をきれいに洗ってもらっても、やっぱりドロだらけのほうが安心するので、そちらに戻りたいと身体がムズムズします。
そこで、愛される妙な感じに耐えなければなりません。
ここがしばらく時間のかかるところです。
しかし、やがてその良さに慣れてくると、「いいもんだな〜」と自分からそれを求めるようになっていきます。
そうすると、
「わが愛する者よ、あなたはことごとく美しく、少しのきずもない。」
(雅歌4:7)
という言葉が当然のこととして受け取れ、「ありがとうございます」という言葉が出てくるのです。
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今日も神の愛の温泉の中に浸り切る一日として参りましょう。
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