今日のみ言葉【No.3980】(2026年 8月18日)「ゲツセマネの祈り(2)」

「父よ、みこころならば、どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころが成るようにしてください」。
(ルカ22:42)

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あなたが胃の不調を覚えて病院に行ったとき、医師から、

「胃の検査をした方が良いですね。胃カメラを飲みましょう」

と言われたとします。

胃カメラの検査には辛さが伴いますから、できればそうしたくはありません。

しかし、医師の指示に従うことが、自分の健康を守る最善の道であることは明白です。

あなたは「わかりました」と受諾することもできますし、「いや、勘弁して下さい」と断ることもできます。

さあ、あなたならどうしますか?

これと同様に、イエス様にも十字架を受ける道と避ける道の双方が開かれており、どちらの道を選ぶかという選択で、誘惑という試験にさらされたのです。

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誘惑は、弟子たちだけでなく、イエス・キリストご自身も激しく受けておられました。

イエス様にとっての最大の誘惑とは、

「十字架にかからず、別の道を選ぶこと」

でした。

十字架上での肉体的苦痛と死の経験は、恐ろしいものです。

しかし、その先には間違いなく復活の栄光が待っています。

それならば、

「胃カメラのような一時的な苦しみさえ耐えればよいのなら、十字架など少しの我慢にすぎない」

と言えるのではないでしょうか。

いいえ、実際には、そのような軽いものではありません。

イエス様には十字架を拒否する力もあったのです。

しかし聖書を見ると、イエス様には、「あえて神の計画を選び取る」ための激しい葛藤があったことがありありとわかります。

キーワードは「杯(さかずき)」です。

聖書において「杯」の語が使われている時は、ほとんどが否定的内容です。

一例を挙げれば、

「イスラエルの神、主はわたしにこう仰せられた、『わたしの手から、この怒りの杯を受けて、わたしがあなたをつかわす国々の民に飲ませなさい』」
(エレミヤ25:15)

とある通り、「杯」とは「神の怒りの杯」を指します。

したがって、十字架の苦痛とは単なる肉体的な痛みではなく、全人類の罪に対する神の恐ろしい怒りと呪いを一身に引き受けることだったのです。

ですから、イエス様は、

「この杯をわたしから取りのけてください」
(ルカ22:42)

と祈られたのです。

イエス様にはその祈りの通りにする選択肢もありました。

しかし、神の御心は、その怒りの杯を飲むこと、つまり、十字架について全人類の罪の身代わりの死を遂げることだとイエス様はわかっておられました。

だからこそ、

「しかし、わたしの思いではなく、みこころが成るようにしてください」
(ルカ22:42)

と祈られたのです。

それは、正気を失いそうになるほどの過酷な使命でした。

しかし、この祈りによって、イエス様は信仰の試験に合格されたのです。

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イエス・キリストの苦しみに思いを馳せる今日として参りましょう。

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