今日のみ言葉【No.3875】(2026年 3月25日)「十戒(3)」
あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。
あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない。
安息日を覚えて、これを聖とせよ。
(出エジプト記20:4、7、8)
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「おはよう」、「こんにちは」という「挨拶」(あいさつ)の語源は、禅の修行から来ているそうです。
「挨」は、押す、心を開く。
「拶」は、迫る、すり寄る。
つまり、
「互いに押し迫る」
「近づいて迫り、相手の本質を引き出す」
といったニュアンスになります。
禅の修行僧が、相手の悟りの深さや修行の進み具合を試すために問答を仕掛けることが「挨拶」ならば、モーセの十戒の最初の部分は、神からの問いかけ、いわば神からの挨拶と受け取ることができるでしょう。
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出エジプト記20章3節から11節に記されている十戒の最初の4つの戒めは、「神と人間との関係」について述べています。
唯一の神に対して、人はどのように向き合い、どのように応答すべきなのか。
その信仰のあり方と、礼拝の形が具体的に示されています。
つまり、愛の神が、ご自分とどう付き合ったら良いのかを人間に教えておられる箇所なのです。
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まず、第一戒で、神を唯一の拠り所とすることが求められています。
第二戒では、神を可視化することを禁じます。
無限の神を有限な形に閉じ込めると、人は神を自分の都合のために利用しようとするからです。
第三戒では、「主の名を、みだりに唱えてはならない」と命じられています。
神の名を、あたかも魔術的な呪文のように取り扱うことは、人間の世界でしばしば見られます。
「オー・マイ・ゴッド!」(Oh my God!)は、その典型的例で、昔から議論の対象になっています。
真剣な神への求めなら別ですが、人間の一時的な感情のはけ口として神の名を使うことは、神を「道具」として扱うことなので、そのような使い方は神とのお付き合いの中ではふさわしくないということです。
そして第四戒では、日毎の労働から離れて神を見上げ、神によって自分は救われたことを確認する日として安息日が制定されています。
このように生きることが、神との正しい関係の中で生きるということです。
そして、この土台の上に、後半の第五戒から第十戒の「人間同士の関係の戒め」が築かれていきます。
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神さまと正しく関わるために、十戒を見直す時を持って参りましょう。
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