今日のみ言葉【No.3848】(2026年 2月19日)「エテロの助言(3)」

こうしてモーセはしゅうとを送り返したので、その国に帰って行った。
(出エジプト記18:27)

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依存した関係と自立した関係とでは、同じ状況でも感じ方がまったく異なります。

たとえば、沈黙の時間が続いたときに気まずさを覚えるのが依存的な関係です。

一方で、その沈黙を心地よく感じ、穏やかでいられるのが自立した間柄です。

また、別れの際に寂しさを覚えるのは自然なことですが、「じゃあ、またね」と軽やかに離れられるのが、自立した関係の特徴です。

モーセとエテロは、そのようなお互いに自立した者同士でした。

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「こうしてモーセはしゅうとを送り返したので、その国に帰って行った」
(出エジプト記18:27)

自立した人間同士の関係は、このようにさっぱりとしたものになります。

逆を考えてみましょう。

もし、モーセがエテロに

「お父さん、ずっと私と一緒にいて、ご指導下さい」

と言ったとします。

謙遜そうに見えますが、そこには自分の重い責任を投げ出して、他者のせいにしたいという思いが隠れているかもしれません。

一方、もしエテロがそれに応じたとしたら、ミデアンの地での祭司の仕事をなおざりにするという、本来の自分の宿題をせず、他人の宿題をするということになります。

それは自分の力を誇示したいという自信の無さの現れであり、また、支配欲の現れであるかもしれません。

これがお互いが依存し合っている関係です。

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「モーセはしゅうとの言葉に従い、すべて言われたようにした」
(出エジプト記18:24)

とは、モーセがエテロに依存していたのでなく、これは話の結論です。

正式にそのようにしたのは、ずっと後の申命記1章の段階です。

モーセはそれまで、エテロの助言を熟慮し、言われたから仕方なくやるのではなく、自分の責任で実行に移したのです。

そのように見ていくと、

「モーセはしゅうとを送り返した」
(出エジプト記18:27)

というのは、エテロが嫌になったのではなく、

「ここから先は私の責任で行います。あなたのせいにしません」

という、はっきりした考えの現れなのだとわかります。

また、エテロ自身も、

「その国に帰って行った」
(出エジプト記18:27)

と、後腐れや未練もなく、あっさりと帰って行きます。

自立した人間は、他者の役に立とうと思っても、究極的には相手の自由な選択に任せます。

たとえ相手の決定が自分の考えに反しているとしてもです。

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主にある自立した関係を心がけ、軽やかな人生を送ってまいりましょう。

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