今日のみ言葉【No.3431】(2024年 8月20日)「水腫を患っている人の癒やし(1)」
ある安息日のこと、食事をするために、あるパリサイ派のかしらの家にはいって行かれたが、人々はイエスの様子をうかがっていた。
(ルカ14:1)
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アクションゲームの最終ステージには「ラスボス」と呼ばれる強敵が待っています。
最後(last、ラスト)に現れる大親分(boss、ボス)なので「ラスボス」と言います。
大変に強く、なかなかクリアさせてもらえません。
しかし、これを倒せば、物語は終幕し、エンディングを迎えます。
イエス様にもいよいよこの「ボス」が対抗してきたのが今日の聖書箇所です。
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ルカによる福音書を山に例えると、山頂は9章51節です。
「さて、イエスが天に上げられる日が近づいたので、エルサレムへ行こうと決意して、その方へ顔をむけられ」
(ルカ9:51)
ここが分水嶺となり、、ここからイエス様の行動の流れは、エルサレムで十字架につく方向へと向かいます。
今までもイエス様はパリサイ人の挑戦を受けてきましたが、それらはゲームで言う「雑魚キャラ」で、今回は「パリサイ派のかしら」ですから、ボスキャラと言うべき実力者の登場です。
「ある安息日のこと、食事をするために、あるパリサイ派のかしらの家にはいって行かれたが、人々はイエスの様子をうかがっていた」
(ルカ14:1)
「パリサイ派のかしら」であるこの人は、新改訳では「パリサイ派のある指導者」、新共同訳では「ファリサイ派のある議員」と訳されています。
地方の市会議員、県会議員クラスでは歯が立たなかったので、東京から国会議員の先生に来ていただいて対処してもらおうというような感覚です。
この家にイエス様が入ったということは、招かれたということです。
そこは単に食事をする場ということではなく、ラビの公開説教を聞くということが主要な目的です。
ですから、パリサイ人はもちろん、そのかしらも、そして周囲に多くの人々がいて、
「イエスの様子をうかがっていた」
(ルカ14:1)
です。
彼らには企みがありました。
イエス様を攻撃し、欠けを見出し、「イエスはメシアではない」という彼らの主張を正当化するためです。
そのために準備していたのが、水腫という病を患っている人でした。
以下、次回に続きます。
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神の御心を行う時、決して平坦な道が約束されているわけではありません。
悪魔が障害物を準備して先回りしていることがあります。
しかし、それを上回る神の準備があることを信じ、今日も信仰の道を進んで参りましょう。
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