今日のみ言葉【No.642】(2013年 9月 6日)
そこで主は朝から定めの時まで疫病をイスラエルに下された。ダンからベエルシバまでに民の死んだ者は七万人あった。
(サムエル記下24:15)
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今日の聖書個所であるサムエル記下24章は、ちょっと読むと不可解なところです。
神はダビデに民の数を数えさせ、ダビデがそのようにしたら怒りを発した、とあります。
神はわがままで気分屋の方なのでしょうか?
ここはまず
「神が第一原因」
と考える聖書的表現だと知って読む必要があります。
実際はダビデが国民の総数を知りたがり、周囲の人々が反対したにもかかわらず彼はそれを押し通したので、全国の国勢調査がなされたのです。
しかし神が第一原因ですから、そのようにダビデの自由にさせたのは神だ、ということになります。
従って、1節の
「ダビデを感動して彼らに逆らわせ」
という表現になるのです。
また、同じ内容の他の聖書個所では、
「時にサタンが起ってイスラエルに敵し、ダビデを動かしてイスラエルを数えさせようとした。」
(歴代志上21:1)
とあります。
ダビデの欲求はサタンによって刺激されたものであることもうかがい知れます。
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国勢調査をすることは何も悪いことではありませんが、サタンにそそのかされて民の人数を知りたくなったということは、罪の思いでそれを行ったということです。
老年のダビデは、自分が生きてきた功績を確かめたかったのです。
それは、自分のおかげで民がどんなに増え、自分のおかげで国がどんなに繁栄しているか、を具体的に見たいという欲求だったのでしょう。
確かめたかったのは「自分の力」です。
「私など無に等しいです。この繁栄は全て主のおかげです。」
などと口先では言っていますが、私たちもダビデと同じで、腹の底では
「あなたの力でこうなった」
と周りから賞賛され認められたくてウズウズしているのです。
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その点で、神はダビデを罰せられました。
何十年もかかって数十万人に増えた国民でしたが、疫病がたった3日間蔓延しただけで7万人が死んでしまいました。
これは、
「何と神は残酷な存在だ」
とか、
「結局神の自己中心な思いに人間は翻弄され振り回されて終わるだけだ」
という取り方をしたら、これは正しい文脈の取り方ではありません。
ここでの中心的メッセージ、真に汲み取るべきメッセージは、
「人は神に依存する存在である」
ということです。
我が力、我が努力でこの確かな地盤を築いた…、と人間が思っていても、実はそれは神が支えて下さっているから続いているのだと聖書は語っているのです。
財産、健康、技能、人間関係等々、あなたがお金を稼ぐ元となっているもの全てが、実は神の支えがあって維持されているのです。
それがサタンにそそのかされ、ダビデのように高ぶった思いでいると、見事に足をすくわれてしまいます。
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「神様、あなたにいつでもお返しいたします」
という謙遜な思いで今日一日を過ごして参りましょう。
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