今日のみ言葉【No.4021】(2026年10月 8日)「聖別」
また注ぎ油をアロンの頭に注ぎ、彼に油を注いでこれを聖別した。
(レビ記8:12)
——————
イタリアンレストランに行くと、そこには必ずと言ってよいほど、オリーブオイルの瓶が置いてあります。
イタリア、特に地中海沿岸の食文化では、オリーブ油は身近な食材です。
パンにつけたり、サラダにかけたり、野菜・豆・魚・肉の仕上げに使ったり…、それはまるで日本人が料理に醤油をかけるのと同じ感覚かと思えるほどです。
ただ、今日の聖書箇所で使われている「注ぎ油」は、料理用のオリーブ油そのものではなく、出エジプト記30:22-25で神が調合を命じられた、特別な聖なる油を指すと考えられます。
ありふれたオリーブオイルをベースにして、特別に調合された聖なる油を用いて、神は普通の人間であるアロンを、大祭司として聖別されたのです。
-*-*-*-*-*-*-
「聖別する」と聞くと、私たちは「きれいにする」というイメージを思い浮かべがちです。
しかし、聖書的には、
「普通の用途から取り分け、神のために特別なものとする」
ということが、聖別するということです。
つまり、
「また注ぎ油をアロンの頭に注ぎ、彼に油を注いでこれを聖別した」
(レビ記8:12)
とは、アロンがそれまでとは違う人間になったというのではなく、神に仕えるために、特別に取り分けられたということです。
彼はこれ以降、大祭司として神に仕え、その務めを果たすようになります。
-*-*-*-*-*-*-
この聖句から、現代のクリスチャンが考えさせられることが3つあります。
(1)神に用いられるためには「聖別」が必要です。
神に仕えるとは、ただ単に自分の能力を発揮すればよいということではありません。
「自分は神のために取り分けられた者なのだ」と自覚して生きることが、まず大切なのです。
(2)聖別するのは神です。
アロンが祭司に立候補して、自分を祭司にしたのではありません。
神が彼を選び、祭司として聖別されたのです。
したがって、
「自分は神に受け入れられるほど立派だろうか。資格を満たしているだろうか」
と悩むのではなく、
「神が召してくださった。神が恵みによって取り分けてくださった」
というところに目を向けなければなりません。
(3)聖別された者には使命がある。
アロンは聖別されるためだけに油を注がれたのではありません。
その目的は、イスラエルの民のために祭司として仕えるためでした。
そこには、
聖別 → 奉仕 → とりなし
という流れがあります。
神のために取り分けられるということは、同時に人々のために仕える者とされることでもあります。
-*-*-*-*-*-*-
私たちもまた、キリストにあって、神のために「聖別」された者です。
欠けのある人間なのに、特別に取り分けられた恵みを感謝し、神から与えられた使命に生きる毎日を過ごしてまいりましょう。
-*-*-*-*-*-*-
-*-*-*-*-*-*-
□ ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ □
■メールマガジン「今日のみ言葉」
■発行責任者:山形ジョイフルチャーチ 丸山芳浩
■過去の御言葉メールのすべては、以下のリンクからお読みいただけます。
mikotoba.org
■ご意見ご感想は、 maruyama@mikotoba.org までどうぞ
■YouTube 丸山芳浩師 メッセージチャンネル
www.youtube.com/@joymaru
■御言葉メールのお申し込みをご希望の方は、メールの題名に「登録希望」と明記の上、
maruyama@mikotoba.org
まで送信してください。
■御言葉メールの配信停止をご希望の方は、メールの題名に「配信停止」と明記の上、
maruyama@mikotoba.org
まで送信してください。
なお、登録・停止の反映には数日間かかることがあります。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません