今日のみ言葉【No.3983】(2026年 8月21日)「ゲツセマネの祈り(3)」

そのとき、御使が天からあらわれてイエスを力づけた。イエスは苦しみもだえて、ますます切に祈られた。そして、その汗が血のしたたりのように地に落ちた。
(ルカ22:43-44)

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イエス様が体験された誘惑とは何かというと、

「自分の思いを優先しなさい。それでいいのですよ」

というものです。

別の言い方をすると、

「神の御心より、自分の思いの方が大事でしょう。そちらを選ぶのが自分に正直なことであり、それこそが正解なのではないですか?」

と言われているようなものです。

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私たちは、イエス・キリストが十字架につくのは当然だと考えがちです。

しかし、当のイエス様ご自身にとって、それはつくこともできるし、反対に全人類を見捨てて、十字架を回避することも、両方できる選択でした。

もし「十字架につくしかない」となっていれば、それは誘惑にはなり得ません。

両方とも自由に選べ、どちらであってもイエス様の存在自体に問題は何も起きなかったのです。

だから、

「自ら進んで過酷な苦しみを受けるか、それとも退けるか」

という二者択一の状況が、最大の「誘惑」となり得たのです。

まして、神の「杯」は「怒りの杯」です。

その先には、世界最大の苦しみが待ち受けています。

それはたとえて言えば、「お客様は神様です」という店のモットーに忠実に従い、どんな理不尽なクレームでも受け、飲み込んでその通りに従う店員さんのようなものです。

まともな神経の持ち主であれば、到底耐えられるものではありません。

現実社会において、コールセンターの対応が次々とAI音声に置き換わっているのも当然と言えます。

誰もそんなものを飲みたくないからです。

その途方もない苦痛を、引き受けるのか、退けるのか。

十字架にかかるのか、かからないのか。

「そのとき、御使が天からあらわれてイエスを力づけた。イエスは苦しみもだえて、ますます切に祈られた。そして、その汗が血のしたたりのように地に落ちた」
(ルカ22:43-44)

という描写の背景には、そのようなイエス様の心の葛藤があり、イエス様は、祈りによってその誘惑に見事打ち勝たれたのです。

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イエス様のゲツセマネの苦しみを理解する一日としてまいりましょう。

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