今日のみ言葉【No.1883】(2018年11月20日)「 十二弟子の派遣(3)」

また旅のために、つえ一本のほかには何も持たないように、パンも、袋も、帯の中に銭も持たず、ただわらじをはくだけで、下着も二枚は着ないように命じられた。
(マルコ6:8-9)

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伝道者の大先輩から

「昔は夏期伝道で知らない土地に派遣される時、片道切符しか与えられなかった。帰りのあてはなかった」

とお聞きし、私は恐れおののき、

「それでどうなったのですか?」

とたずねると、

「なあに、ちゃんと帰って来られましたよ。行った先の教会で祈り、伝道し、人を導き、献金も与えられて、帰りの切符は買えました」

と何事もなかったかのようにお話しされます。

神を信頼する伝道者の標準はこれなのだと知った次第でした。

イエス様が十二弟子を派遣される時、この信頼を実際の行動に移させました。

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伝道の旅に出るのに、

「つえ一本のほかには何も持たないように、パンも、袋も、帯の中に銭も持たず」

とはなんとも準備不足なのではないでしょうか。

「ただわらじをはくだけで、下着も二枚は着ない」

とは、当時の人々は裸足で歩いていましたから、履物を履くのは良いことでしょう。

ただ、当時の下着と私たちが現代で考える下着(アンダーウェア、インナー)とは違います。

下着とは通常の衣服、上着は夜の寒さをもしのげる厚手の毛布のようなものと考えてよいでしょう。

そのようなものも二枚は持って行くな、着替えは無しだ、と言われると、一体どうせよというのかと不安や不満が出てきます。

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今日の聖句は現代にも通ずる伝道者の心構えなのです。

パンを持ち、金を用意するというのは、先々の生活の見通しをつけるということです。

裏を返せば、そのような準備が整わなければ伝道に行けないという考え方です。

先の生活の配慮にあくせくしていては、神の福音を伝えることなど出来るものではありません。

パンの問題は神が解決してくださると信じて、この世に飛び込んでいくのです。

そしてその先で神のご配慮を体験し、「ああやっぱり神様はいらっしゃった」と心強められ、それがさらに伝道の力となり、その人を前進させていくエネルギーとなるのです。

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ただし、必ずそうなるというものでもありません。

100%の保証があるなら、それは信仰の世界でなく科学の法則の世界です。

なるかならないかわからないから信じるのです。

行った先で冷水を浴びせかけられることもあり、思った通りに食べられずに困り果てることがあります。

「こんなはずではなかったのに…」

外国に伝道に行く宣教師たちの多くはこの思いを体験します。

しかし、自分の「こんなはずではない」という思いを体験する時は、神の御計画が裏で進行している時です。

そして、自分が思い描く遥か上を行く神の御業を後に見るのです。

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アメリカ人の宣教師ご一家を教会に迎えた時のことです。

ご両親は日本の伝道に燃えて来られましたが、子供たちは別です。

全く違う環境、味が違う食べ物、学校に行っても言葉がわかりません。

当然、学校不適応。問題を起こす子どもとして親に呼び出しがかかりました。

「アメリカ人で、しかもキリスト教を伝える立派な方だと思っておりましたのに、これではどうも…」

と苦言を呈する校長先生に、ご両親の通訳として行った牧師がこう言いました。

「校長先生、問題のあるアメリカ人のお子さんを良い子にして母国に帰してあげる。日本は今やそのような国になり、世界に貢献する国となるのではないでしょうか」

校長先生は後に「目が開かれた」と言っておられました。

現代日本の教育界は、少数派(マイノリティー)を保護し配慮しなければならないという通達が出される時代となりました。

すでに何十年も前にそのことに目が開かれ、鍛えられた先生たちがいるというのは何と心強いことでしょう。

神のご配慮と御計画は私たちの思いを遥かに越えて成されているのです。

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神に委ねて伝道する今日として参りましょう。

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