今日のみ言葉【No.3898】(2026年 4月21日)「いちじくの木のたとえ(1)」

いちじくの芽

それから一つの譬を話された、「いちじくの木を、またすべての木を見なさい。はや芽を出せば、あなたがたはそれを見て、夏がすでに近いと、自分で気づくのである。
(ルカ21:29-30)

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聖書のたとえ話とは、「ありふれた日常生活の話を通して霊的真理を教えるもの」です。

「譬(たとえ)」の語源であるギリシャ語の「パラボレー」は、「傍らに(パラ)」+「置く(ボレー)」と分解されます。

すなわち、「目に見える地上の出来事」と「目に見えない天上の真理」を両方傍らに並べて説明するのがイエス様の「たとえ話」なのです。

この形式をとることで、学問的な知識がない人々でも、直感的に「ああ、あのことか」とイメージできるようになっています。

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イエス様の譬話はこうです。

「いちじくの木を、またすべての木を見なさい。はや芽を出せば、あなたがたはそれを見て、夏がすでに近いと、自分で気づくのである」
(ルカ21:29-30)

これは、いちじくの生産者と消費者では見方がまるで違います。

実を待つだけの消費者は、芽を見たら、「ああ春だ」と思います。

事実、季節は春なのです。

しかし生産者は、実を豊かに実らせるための次の作業を思い描き、芽がふくらんだのを見て「夏に備えなければならない」と考えます。

春の兆しの中に、一歩先の「夏」を見るのです。

また、いちじくは漢字で「無花果」と書くように、花は表面には現れず、いつの間にか結実します。

本当にごくわずかの変化を見る者だけが、いちじくの成長を知ることができるのです。

たとえ話は、霊的真理を求める人にとっては、神の真理を啓示する印象深い話となります。

これは次節の霊的内容を教えるための布石となっています。

「このようにあなたがたも、これらの事が起るのを見たなら、神の国が近いのだとさとりなさい」
(ルカ21:31)

一方で、霊的真理を求めない人には、ただの日常の話としてしか聞こえないようになり、真理は閉ざされるのです。

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神の真理を求める心を持ち、聖書に取り組んでまいりましょう。

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