今日のみ言葉【No.3881】(2026年 4月 1日)「『恐れ』と『おののき』」
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民は皆、かみなりと、いなずまと、ラッパの音と、山の煙っているのとを見た。民は恐れおののき、遠く離れて立った。
(出エジプト記20:18)
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アメリカのグランドキャニオンはその圧倒的なスケールによって知られています。
安全のための策が施されている場所はありますが、多くは柵がありません。
国立公園の方針として、「大自然の景観を損なわない」ことが徹底されているからです。
しかし、一旦その断崖絶壁を自分の足元に見ると、本当に恐れおののいてしまいます。
人間は偉大なものを見、聞き、感じた時、深い畏怖の念を抱くものです。
神の顕現を体験したイスラエルの民もまた、同様に聖なる恐れを抱きました。
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十戒という「契約」を提示された民の反応は、喜びではなく「震え」と「後退」でした。
「かみなりと、いなずまと、ラッパの音と、山の煙っている」
(出エジプト記20:18)
という人間の五感を揺さぶる極限の状況に、彼らは、
「恐れおののき、遠く離れて立った」
(出エジプト記20:18)
ということしかできませんでした。
罪ある人間が、全き聖なる存在である神に直接触れたのですから、自分たちは死んでしまうと考えたのです。
しかし、モーセは民に対してこう言います。
「恐れてはならない。神はあなたがたを試みるため、またその恐れをあなたがたの目の前において、あなたがたが罪を犯さないようにするために臨まれたのである」
(出エジプト記20:20)
神の意図は、罪ある人間を罰して滅ぼすことではなlく、彼らが罪を犯さないよう導くことにあったのです。
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神の言葉を素直に、そして正しく受け入れることができる態度が、「恐れ」と「おののき」です。
この態度を持っていたイスラエルの民は、神の啓示を十分に受け入れることができたのです。
これは現代の私たちが聖書を読むときも同じです。
聖書を学術的・歴史的文書として研究することには、もちろん意義があり、成果ももたらします。
しかし、信仰をもって聖書を読むとき、「聖書の秘密を暴いてやろう」といった不遜な態度で臨んではなりません。
神を研究材料にして人間が上に立ち、神を下に見るような態度では、霊的な神のメッセージは心に届かないからです。
聖書を神の御言葉と信じ、その前で「恐れおののき」ながら読む時、はじめてその真の意味が示されることを忘れてはなりません。
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聖なる恐れを抱きつづ、聖書を読み進めてまいりましょう。
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