今日のみ言葉【No.3815】(2026年 1月 9日)「ぶどう園の主人と悪い農夫たちの話(2)」
季節になったので、農夫たちのところへ、ひとりの僕を送って、ぶどう園の収穫の分け前を出させようとした。ところが、農夫たちは、その僕を袋だたきにし、から手で帰らせた。
(ルカ20:10)
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聖書のたとえ話に登場する人物は、実に多彩です。
ただし、それぞれのキャラクターそのものに注目するよりも、神と人間との関係性の中で、その人物が何を表しているのかを見ることが、正しい聖書解釈につながります。
たとえば、「主人」が出てきたら、それは「神」を表します。
「僕(しもべ)」は、人間や信仰者を表します。
「羊と山羊」なら、羊は従順な信徒で、山羊はそうでない人です。
今回のたとえ話でも、それぞれの登場人物が意味するところを整理して見ていきましょう。
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まず「ぶどう園」です。
これは聖書全体の文脈から見て、「イスラエル」を表します。
すると、「ある人(ぶどう園の主人)」が誰を指しているかわかります。
ぶどう園を造った人は、イスラエルを造った方となりますから、これは「神」です。
次に「農夫たち」です。
これは単純に「イスラエルの民」全体を指すのではありません。
この話は、祭司長・律法学者・パリサイ人らに向けて語られています。
従って、この悪い農夫たちは、イスラエルの宗教的指導者を指しています。
つまり、この話の序盤は、
「神がイスラエルを造り、すぐれた宗教的指導者たちに、『民を神の方向に導け』と命じ、ゆだねた」
ということになります。
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さて、
「季節になったので、農夫たちのところへ、ひとりの僕を送って、ぶどう園の収穫の分け前を出させようとした」
(ルカ20:10)
とあります。
主人が収穫の分け前を求めるのは、契約に基づく正当な行為です。
これは、イスラエルが神の御心のとおりに歩み、祝福を地上にもたらす民として成長しているかを確かめるためでした。
そのために、神は「僕」として表される預言者たちを遣わされたのです。
主人である神は、三度にわたって僕を送られました。
・僕(一人目)は、イザヤ、アモス、ホセア等、バビロン捕囚前の預言者です。
・僕(二人目)は、バビロンに捕囚されて以降のエゼキエルやハガイなどの預言者です。
・僕(三人目)は、バプテスマのヨハネとキリストの弟子たちです。
神は、悔い改めない民に即座に裁きを下す方ではなく、段階を踏んで、繰り返し悔い改めの機会を与えられました。
しかし、その結果はどうだったでしょうか。
「農夫たちは、その僕を袋だたきにし、から手で帰らせた」
(ルカ20:10)
となっています。
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悔い改めないイスラエルに対して、とうとう最後の登場人物が出てきます。
それは「愛子(あいし)」です。
これがイエス・キリストであることは明白です。
では、この愛子に対して、農夫たちはどのような態度を取るのでしょうか。
以下、次回に続きます。
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忍耐強く、寛大な神に対して、わたしたちはどう応答するか。
深く思う今日としてまいりましょう。
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