今日のみ言葉【No.672】(2013年10月14日)
愛する者よ。あなたのたましいがいつも恵まれていると同じく、あなたがすべてのことに恵まれ、またすこやかであるようにと、わたしは祈っている。
(第3ヨハネ1:2)
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今日は体育の日なので、健康についての聖書の言葉です。
口語訳聖書で
「すこやか」
という言葉は2カ所で使われています。
新約聖書では今日の聖句がそれです。
神様の御心は私たちが常に健康で恵まれていることです。
ですから、基本的に病気は神の御心ではありません。
私たちは癒され、健康を取り戻すことを堂々と求めて良いのです。
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もう一つの「すこやか」は旧約聖書にあります。
「彼らには苦しみがなく、その身はすこやかで、つやがあり、」
(詩篇73:4)
何と素晴らしい人生でしょうか。
ところが、これは悪人が栄える描写なのです。
「見よ、これらは悪しき者であるのに、常に安らかで、その富が増し加わる。」
(詩篇73:12)
悪人こそ「すこやか」に生きている、と聖書は語ります。
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逆に神の前に正しい生き方をしている詩篇の記者の方が
「しかし、わたしは、わたしの足がつまずくばかり、わたしの歩みがすべるばかりであった。」
(詩篇73:2)
と、彼の人生はうまくいきません。
悪は栄え、善は衰える。
これは一体どうしてか?
詩篇の記者はその答を発見しました。
「これはわたしが、悪しき者の栄えるのを見て、その高ぶる者をねたんだからである。」
(詩篇73:3)
ねたみです。
これがうまく行かない人生の原因だったと彼は正直に記しています。
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ではどうしたらいいのでしょう?
現在の一時的な有様から判断するのではなく、悪の最後を知ることが問題解決の鍵です。
「まことにあなたは彼らをなめらかな所に置き、彼らを滅びに陥らせられる。」
(詩篇73:18)
実は、
「なめらかな所」
すなわち、スムーズな人生、何の障害も引き止める声もなくスイスイ進む人生は危ないのです。
それは神からの最大の罰だからです。
なめらかな所に置かれたら、すぐ止まることはできません。
危ない、と思ってブレーキをかけても、冬の凍った路面ではスリップし、タイヤがロックしたまま自然に止まるかぶつかるかするまでコントロール不能です。
悪の人生は、神がそのままになさっているのです。
滅びに向かっている自分を自分でもとどめることができない状態に置いているのです。
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「しかし神に近くあることはわたしに良いことである。」
(詩篇73:28)
神に止められる人生は幸いなのです。
うまく行かない時、それは神様に止められている時なのかも知れません。
イライラムカムカするかもしれませんが、その時こそ神が近くにおられ、それは私にとって良いことなのだ、と思いめぐらしてみましょう。
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ねたみから解放され、神の「すこやか」を満喫できる一日となりますように…。
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