今日のみ言葉【No.419】(2012年10月 9日)
そういうわけだから、わたしたちは、キリストの教の初歩をあとにして、完成を目ざして進もうではないか。
(ヘブル6:1)
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今日の聖句を見ると、追い立てられているような印象を持たれますか?
「今のままではダメだ。成長してこそ本物だ。進んでいないのは何かがおかしいのだ。」
という声が聞こえてきそうです。
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キリストの弟子たちも同じような考えを持っていました。
ですから彼らは、
「わたしたちの信仰を増してください」
(ルカ17:5)
とイエス様に求めました。
するとその答は、
「もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら」
(ルカ17:6)
というものでした。
信仰は量ではなく質だよ、ということです。
大きさではなく、存在、つまり、有るか無いか、です。
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イエス様を信じるだけで救われる、という喜びの中に浸ることが、まず何ものよりも先のスタートラインです。
そしてテープの張られたゴールの方向に走り出すのです。
走るスピードや格好は関係ありません。
スタートを切ったことに意味があるのです。
「初歩」とはこのスタートラインを越えることなく、その付近でウロウロしていることです。
つまり、神様の中に飛び込んでみることが出来ず、人の信仰生活の喜びを見て、
「いいなぁー」
と思い、ながめているだけの人です。
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神様はあなたを無理矢理走り出させようとはなさいません。
常にあなたの人格を尊重なさいますから、
「どうしますか?」
と尋ね、あなたの行動を待っておられます。
たとえ石のように動かない人であっても、
「神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができる」
(マタイ3:9)
とあるように、神はその人を動かすどころか人をも創造できる力のあるお方です。
しかし神は忍耐を持って待つのです。
そして今日もあなたを暖め、暖め続け、やがて走り出す日を待っておられるのです。
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どんな姿でも構いません。信仰の完成というゴールに向けてスタートを切った一日として参りましょう。
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