今日のみ言葉【No.2783】(2022年 4月 8日)「種まきのたとえ(2)」

種まきが種をまきに出て行った。
(ルカ8:4)

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ある人が

「コロナってどれくらいひどいの?」

と質問しました。

相手は

「インフルエンザの10倍位ひどいんだってよ」

と答えました。

これを聞いたその人は、

「じゃあ、相当ひどいんだ」

と想像できました。

この話は医学的に正確な情報を伝える話ではなく、たとえを用いて相手に理解させるひとつの例としてお読み下さい。

こうやって、私たちは、未知のものを既に知っているものと比較して理解しようとします。

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イエス様は、人々がまだ体験したことのない「神の国」という新しい概念を理解させるために、皆が知っていることから話されました。

「種まきが種をまきに出て行った」
(ルカ8:4)

これは全くありふれた話でした。

おそらく、その場にいた聴衆の全員が種まきをした経験を持っていたことでしょう。

ここで「譬」のギリシャ語は「パラボレー」であることから説明しましょう。

この語を分解すると、

パラ(かたわらに)+バロー(投げる)=そばに投げる、並べて置く

となります。

未知の事柄を説明するために、すでに知っていることをその脇に置いて、並べて見せるのです。

すると、皆目見当のつかなかったものが、

「ああ、あれと同じか」

となり、完全とは言えないかもしれませんが、かなりの程度理解できるようになります。

イエス様のたとえ話は、日常のことを取り上げ、それを通して霊的真理を教えているのです。

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米沢興譲教会の日曜礼拝には、クリスチャンでない一般の方々が出席なさいます。

その中には、企業や各種団体の幹部の方々が研修の目的で来られることがあります。

狙いは唯一つ。

「なぜこの宗教団体にはこんなに人が集まるのだろうか。その手法を学びたい」

です。

当然ですが、これらの方々にとって霊的真理の部分は不必要ですから切り捨てられます。

そして、運営に活かせる知恵や人材確保のための人集めの部分に目を注ぎ、それだけを切り取ってお土産として持って帰ります。

しかし、たとえ話は理解できる話なので、心に残ります。

その人の心に蒔かれた種は、ある時、ある状態で芽を出し、霊的命が覚醒するチャンスがあるかもしれません。

たとえを通して蒔かれた御言葉の種には命があるからです。

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今日も種まきに励む一日として参りましょう。

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