今日のみ言葉【No.2692】(2021年12月 1日)「祈りをやめた人のために」
主よ、今わたしは何を待ち望みましょう。わたしの望みはあなたにあります。
(詩篇39:7)
——————
祈る内容を明確にしなさいという教えがあります。
「主よ、祝福して下さい」とぼんやり祈るよりも、「主よ、○○を与えて下さい」と具体的に祈る方が、神様の働きがよく見えるようになります。
祈る内容を曖昧なままにせず、明確にすることは、あなたに益をもたらすのです。
ところが、具体的に祈り、祈りの内容を明快にすると、かえって祈りに挫折する人がいます。
今日の聖句はその人のためのものです。
-*-*-*-*-*-*-
祈っても無駄だと思い、祈りをやめてしまう人の多くは、自分の描いたシナリオ通りに事が運ばないのを見て、
「祈っても神は働いてくれない」
と思うのです。
あなたは
「神が愛の神であり、聖書の中にこれこれの約束があるのだから、こうなって、ああなって、私の問題を解決してくださるはずだ」
と、問題解決の方法や祝福のゴールに到達するまでの道筋を決めてはいませんか?
これは有限なあなたの考えの中に神を閉じ込めてしまうことなので、神を制限していることになり、実は的外れな考え方です。
神が何をおできになるか。
それをあなたのちっぽけな考えの中でぐるぐる思い巡らすだけで良いのでしょうか?
神は
「わたしたちが求めまた思うところのいっさいを、はるかに越えてかなえて下さることができるかた」
(エペソ3:20)
なのですから、人間が可能だと考える範囲を越えて事をなされる御方なのです。
神が祈りを聞き、約束を成就される時は、私たちがどんなに想像しても及ばないほどの大きな力と豊かな恵みをもってなされるのです。
-*-*-*-*-*-*-
従って、
「主よ、今わたしは何を待ち望みましょう」
(詩篇39:7)
と、自分の願いを神に持っていくことをせず、
「主よ、私は何を求めるべきかを知りません。あなたが喜んで成そうとされる恵みは何ですか」
と祈ることは良いことなのです。
それは、全部神様に丸投げして、「果報は寝て待て」式に日々を送るということではありません。
あなたは自分にとって必要だと思う事柄のためにだけ神を待ち望む日々だったかもしれません。
しかし、これからは、神がその満ち満ちた恵みの中から私たちのために成そうとする事柄のために神を待ち望むのです。
それが
「わたしの望みはあなたにあります」
(詩篇39:7)
という信仰告白となり、生活となっていくのです。
-*-*-*-*-*-*-
祈りをやめてしまった人は、
「主よ、今わたしは何を待ち望みましょう。わたしの望みはあなたにあります」
の祈りをもって、再スタートしましょう。
あなたを祝福しようとされる神の聖なる意図を、心に迎え入れる今日となりますように…。
-*-*-*-*-*-*-
-*-*-*-*-*-*-
□ ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ □
■メールマガジン「今日のみ言葉」
■発行責任者:山形ジョイフルチャーチ 丸山芳浩
■ご意見ご感想は、 maruyama@mikotoba.org までどうぞ
■Webサイト mikotoba.org
■Youtube 丸山芳浩師 メッセージチャンネル
www.youtube.com/channel/UCXkISdmuTWhsbW1i4DNey6w
■御言葉メールの申込、停止は全て自動でなされます。下記メールアドレスに件名も本文も無い空メールを送信して下さい。
☆御言葉メールをお申し込みになりたい方は
→ reg@mikotoba.org
(仮登録メールが送られますので、その中のリンクをクリックして本登録となります)
★御言葉メールを停止したい方は
→ del@mikotoba.org
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません