今日のみ言葉【No.2087】(2019年 9月 3日)「弟子たちへの教訓(2)」
2019年9月3日
イエスは言われた、「やめさせないがよい。……わたしたちに反対しない者は、わたしたちの味方である。」
(マルコ9:39-40)
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狭量な弟子たちの偏見に対して、イエス様は次のような順番で戒められました。
まず、行動について触れます。
「やめさせないがよい」
(マルコ9:39)
これが第一声です。
ブラック企業のパワハラ上司なら
「今まで何聞いてたんだ。こんなこともわからないのか!」
と感情的に相手の人格を否定する言葉を言うのでしょうが、イエス様は客観的にまず行動の仕方を変えるように指示なさいます。
弟子の存在自体は素晴らしいのですから、考え方と行動を改めればよいのです。
それはちょうど外遊びをしていた子供が家の中に入ってきたようなものです。
手も足も泥だらけ。
お母さんは
「そんなことではお前はダメだ!」
などとは言いません。
子供自体の存在は素晴らしい。
良くないのは泥です。
ですから、
「手も足も洗ってきれいにしてからお家に入りましょうね」
と言います。
イエス様が人を戒める時に第1番目に触れることは、行動を変えよ、ということです。
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次にイエス様は、ご自分が出した指示の根拠を述べ、弟子たちの理解を求めました。
「だれでもわたしの名で力あるわざを行いながら、すぐそのあとで、わたしをそしることはできない」
(マルコ9:39)
なぜそうしなければならないのか、その理由を語り、聞いた弟子たちに考えさせ、判断させていらっしゃるのです。
ここまでの段階で、弟子たちの、特に言い出しっぺのヨハネの心は傷ついていません。
彼の自尊心には何の影響もなく、それを保ったままでいられたので、イエス様の言葉を抵抗なく聞くことができ、また、自分の考えとは違うことを言われていても、それを受け止め、冷静に考えることができていたのです。
ヨハネは内心、
「なるほど、言われてみればそのとおりだな。イエス様の御名を使って悪霊を追い出せたら、こんな凄いことをさせる人の悪口なんか言うはずはないな。ただほめたたえるだけだろうな」
と納得したことでしょう。
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そして3番目に
「わたしたちに反対しない者は、わたしたちの味方である」
(マルコ9:40)
と、新たな「ものの見方」を提示します。
今までの古いフレームからしか見ていないと、固定観念に縛られます。
見ているものは同じなのに、新しいフレームを通して見ると、それは全く違った斬新なものに見えるのです。
例えば、あなたのお財布の中に入っている100円硬貨を例に取りましょう。
頭の中に思い浮かべる形はどんなものですか?
「100円?まん丸でしょう」
これが99%の人の答です。
ところが、世の中を見回してみると、100円のコインを使う時、自動販売機でも駅の券売機でも、投入口がまん丸の穴になっているものがあるでしょうか?
そうなのです。百円硬貨の形は丸ではなく、長方形なのです。
これが新しいフレームで見た時の体験であり、世の中はほぼ100%これでできているという本物の現実にあなたも目が開かれた思いがすることでしょう。
「わたしたちに反対しない者は、わたしたちの味方である」
(マルコ9:40)
弟子のヨハネはイエス様に上手に導かれ、痛みを覚えずに悔い改めに導かれたのです。
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さて、現代の教会に生きる私たちにとってこのお話はどのように適用されるのでしょうか?
これは、先に救われ、教会生活の体験を積み、聖書やキリスト教の学びをした人々への警告です。
あなたの目から見てどんなに未熟で不完全に見えたとしても、キリストの名によって集まり、力ある歩みをしている人たちがいるとしたら、それをやめさせたり、争ったりしてはいけないということです。
イエス・キリストを信じる信仰を持ち、キリストの名によって事を行っているなら、専門家と称する人たちの目には
「あれも足りない、ここにも穴がある」
と見えたとしても、そのグループは力あるわざをなすものなのだからです。
神のわざは神が推し進めるものであって、人間の能力で進められるものではありません。
たとえそう見えたとしても、背後で働く神の霊によって物事は動かされ、人間はある部分を任されているに過ぎません。
しかし神は私たちを人格的に扱って下さる御方なので、私たちに責任を預け、本当に信頼しておまかせして下さいます。
ですから、私たちが
「どうせ私ができなくても、神さまがやってくださるのだろう」
などと思って手を抜くと、その計画は無残な失敗に終わってしまいます。
神の御計画に参加させていただいているのだ、という謙遜な思いに徹し、新たなフレームを与えていただいて周囲に起こる神の御業を拝していきたいものです。
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神の目から見た新たな見方をさせていただく今日となりますように…。
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