今日のみ言葉【No.1837】(2018年 9月15日)「 神の祝福を受けるための訓練『続・単純作業』」

人はその口の実によって、幸福に満ち足り、人の手のわざは、その人の身に帰る。
(箴言12:14)

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先日の北海道の震度7の地震と大停電のような大きな出来事に遭って、パニックになった人の心への一番の薬は「日常生活」です。

東日本大震災後、被災地に派遣されたカウンセラーの話によると、主婦の方の多くが

「電気・水道が通って洗濯機が回せるようになった。そして洗濯物を干した時、以前の自分と同じ感覚になった」

と語っておられたそうです。

「ストレスを和らげる考え方は?理論や方法は?」などと考える前に、自分の手と足を動かすことの方が心に平安をもたらすようです。

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「人はその口の実によって、幸福に満ち足り、人の手のわざは、その人の身に帰る」
(箴言12:14)

前向きな言葉を語ることによって自分自身の気持ちを平安に維持することができ、かつ、「手のわざ」という言葉で表される労働をすることによって、神からの良き報いが与えられるのです。

考えているだけでは行き詰まります。

「そのことに意味があるのか?」

「やった結果としてどのくらいの効果が見込めるのか?」

実行しないでいる自分を正当化する言い訳ばかりが出てきます。

住友銀行副頭取を辞め、69歳で蓄電池の会社を起業し、現在80歳の吉田博一氏はこう語ります。

「年をとると、人は動かなくなる。それは、こう動けばこうなるというふうに頭の中で答えを出して分かったような気になるからだ。実際には、世の中なんてやってみなければわからないことばかりなんだけど。みんな、余計なことをして失敗したくないんでしょうね」
(https://www.fnn.jp/posts/00356620HDK)

まずやってみるのです。

最初からうまくいくはずがありません。

ああでもない、こうでもない。

そして、たまたまうまく行ったことを再現させるために繰り返し、安定してうまく行かせるために修練を重ねる。

単純作業がそれを支えるのです。

神の報いは案外、日常の単純な繰り返しの中で起き、与えられるのです。

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私は理屈っぽい大学生の時に教会に初めて来ました。

「こんなに科学が発達した時代に、まだ神を信じている人がいるのか…」

これが当時の私の正直な感想でした。

後に私が牧師になるなどとは夢にも思っていませんでしたが…!

さて、教会の方が

「丸山さん、よかったらお手伝いしてくれませんか?」

と頼んでこられました。

理性的で紳士的で善い人たろうと心がけていた真面目な私ですから、断るはずがありません。

「いいですよ、何ですか?」

すると、礼拝プログラムが印刷された週報の片隅にある花のカットを色鉛筆で塗ってくれ、というものでした。

「私が色染め?わたしゃ工学部の学生ですよ。最新の電気機器を操り、高価な試薬を入れた試験管を振り、コンピューターを扱うこの私に色染めなどという単純作業ですか?」

言葉には出しませんでしたが、心にかなりの抵抗を持ち、しかし快諾した手前、そんなことはおくびにも出さずに色鉛筆を手に取りました。

「色鉛筆を使うなんて小学校以来だなあ」

そう思いながら色染めをしていると、脳にばかり集まっていた血流が段々下に落ちてくるのでしょうか、気持ちがやさしくなってくるのを感じました。

そのうちに、これを受け取る人々が「きれいだなー」と喜んでいる笑顔が浮かんできました。

花のカットに気づかない人のほうが多いでしょう。

しかし、たとえ少数でも、そうやって人を喜ばせることのできる奉仕に今自分は携わっているのだということがわかってきました。

すると、まだ見ぬ教会の方々との心の絆というものが芽生え始め、人と人とのつながりというものが意識され始めました。

バカにしていた単純作業の中から、神は思わぬ祝福を与えてくださったのでした。

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労働の中で神はあなたに祝福をお与えになります。

頭で楽に物事を動かすだけが神のわざではありません。

同じことの繰り返しの作業の中で、神との交わりの時を持ち、祝福をもらさずいただく今日の一日として参りましょう。

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