今日のみ言葉【No.1543】(2017年 6月14日) 085 「ピラト」(6)

そこでピラトは、十字架につけさせるために、イエスを彼らに引き渡した。
(ヨハネ19:16)

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キリスト教には「使徒信条」なるものがあり、基本的な信仰の内容が簡潔にまとめられています。

その中の一節に

「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、」

と明記され、ピラトのもとでキリストが苦難にあったことが現在でも全世界の教会で唱和されています。

ピラトのその日の決断が彼の永遠の評価を決めました。

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その日、ピラトは朝早くからユダヤ人たちの争いにつき合わされた一日となりました。

彼にとっては、面倒な仕事、あるいは、不本意な結果としか感じられなかったでしょう。

ユダヤ人たちの思惑に乗せられたことは明らかだったからです。

しかし、イエス・キリストを十字架につけると最終的に決定できるのはピラト以外いません。

おそらく、渋々

「そこでピラトは、十字架につけさせるために、イエスを彼らに引き渡した」
(ヨハネ19:16)

のでしょうが、決定したのは自分です。

人はその時の決断の責任を負わなければなりません。

もしかするとピラト同様、今日のあなたの一つの決断が永遠の運命を定めるのかもしれません。

「ごらんなさい、この幼な子は、イスラエルの多くの人を倒れさせたり立ちあがらせたりするために、また反対を受けるしるしとして、定められています」
(ルカ2:34)

イエス・キリストをどう評価するかによって、その人が倒れたり、逆に立ち上がったりするのです。

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H兄は大都市の会社に就職し、仕事に生きがいを感じていました。

しかし長男ということもあり、親の意向で地元に戻ることになりましたが、都会でバリバリやっていた頃と比べると張り合いがありません。

「俺はなんで充実した日々を手放してしまったのか…」

彼は後悔に後悔を重ね、とうとう仕事に行けなくなり、家で布団にくるまり、

「俺の人生は終わった…」

と言う毎日が続きました。

心配したお母さんが教会の牧師に相談し、H兄は教会に来ることとなりました。

そこで触れたメッセージは、どんな人にも神様の導きがあり、全ては最善のために起きているというものでした。

彼は、神が自分のために意図しておられるご計画があることを知り、もしそのような神がいるのなら信じたいと思いました。

その明るい未来の光で自分を照らす時、親を恨んでいたり自分を責めていたりしている罪など何でもなくスッと認めることができ、彼は素直にイエス・キリストの十字架を信じました。

それ以降、彼は毎週教会に集うようになり、洗礼を受け、クリスチャンとしての歩みを始めました。

そこで彼は元気を取り戻し、かつて働いていた都会の大企業に戻り、再び充実した日々を送り…、などという映画のシナリオ通りには人生は動きません。

相変わらず地元にいて、働く日々には帰れません。

しかし、彼は自分が本当にやりたかった仕事は何なのかを問い続けることが出来る時間を得ました。

そして何と彼は起業し、規模は小さいながらも人を雇って仕事をするほどになり、充実した日々を送るようになりました。

キリストを信じ、立ち上がった彼の顔には常に微笑みが浮かんでいます。

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あなたの今日の決断が明日以降の日々を、そして永遠の過ごし方を決めます。

イエス・キリストの十字架による罪の赦しを信じ、真っ白となった今日の一日を歩ませていただきましょう。

立ち上がる力のない人は、「立ち上がらせてください」と祈り、力が満ちるのを静かに待つ時とさせていただきましょう。

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